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(雑誌『演劇ぶっく』は2016年9月より改題し、『えんぶ』となりました。)
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【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】『時の氏神』菊池寛

坂口 今回は菊池寛の『時の氏神』です。
植本 これだけやってきて菊池寛は初めてですね。
坂口 何か似たような・・・
植本 それは岸田國士かな。
坂口 そうかもね。戯曲では『屋上の狂人』『父帰る』なんかが代表作みたいで、『時の氏神』は100年前に書かれていますね。小説家としても大人気だったそうですね。
植本 この人、仕事、業績的には編集長に近いじゃない。
坂口 どうして!
植本 文藝春秋社の創立者です。
坂口 (笑)!なによあんた。
植本 同じ(笑)。
坂口 出版社を作ったということではではギリギリ同じね(笑)。
植本 その雑誌にまだ当時無名の若手とかの作品をいっぱい載せたりとかして、編集長に近いんじゃないの?って思って(笑)。
坂口 (笑)。素晴らしいですね。月とスッポン(笑)。で、この『時の氏神』は面白い。そう思いません?

植本 まあ、やっぱり岸田國士が好きだから比べちゃうんだけど、なんだろうな、短い作品でプロットが透けて見える、よくでき出来過ぎている感じはしたね。
坂口 彼はそういうのがベストだって思ってるのかな。
植本 理論派なんだよね。どっちかっていうと。
坂口 一幕劇がいいし、筋立ても余計なことを書くなというね。
植本 シンプルに作っていくのがお芝居として面白いんだよねっていう風に言ってますね。
坂口 そういう意味では、これは自分の思いどおりに作られている。何の変哲もない話でね。
植本 日常の一コマというか。

坂口 そうなの。岸田國士の方がインテリっぽい。
植本 フランス系だから(笑)。
坂口 菊池寛はアイルランドの作家の影響を受けている。
植本 そうなんだよね。前にこのコーナーでアイルランドの作家、イェイツとシングを取り上げたよね。

(編注)
ジョン・ミリントン・シング『海に騎りゆく者たち』対談をみる
http://enbu.co.jp/nikkanenbu/uemoto2021-1-16/

ジョン・ミリントン・シング『西の国の伊達男』対談をみる
http://enbu.co.jp/nikkanenbu/uemoto2021-2-23/

ウィリアム・バトラー・イェイツ『鷹の井戸』対談をみる
http://enbu.co.jp/nikkanenbu/uemoto20230619/

『時の氏神』

【登場人物】
相良英作 年三十位。貧しき小説家
同妻 ぬい子 二十四、五
杉本芳子 ぬい子の従妹。ぬい子と同年位

【時】
今日

【所】
東京の郊外

坂口 『時の氏神』ですが、最初は夫婦の二人芝居ですね。
植本 売れない30歳の小説家と24,5歳の奥さん。
坂口 サラリーマンではないから、ちょっとひねくれているけど、まあそういう家庭で。旦那がグズグズしていてね。
植本 要は書けないんでずっと部屋に閉じこもっていて。でも何をしているかっていうと、何も思い浮かばないからグーグー寝てたりしてます。
坂口 場所は東京の郊外。まあ、そういうところで作家稼業をしている。あんまり売れなくてお金がない人です。
植本 そうそう、家賃が4ヶ月たまってんのかな。で、米屋にもちょっと払えなくて。
坂口 いい時代ですよね。
植本 そうね、今はそんなことできないからね。
坂口 うっかり1週間忘れてたらすぐ通知が来るもん。無礼きわまりないよね。
植本 ・・・・・・

坂口 あれどういう設定?
植本 間取りは、6畳・4畳・2畳の玄関ですね。玄関は見えなくて、他は見えている。
坂口 舞台の左右の部屋に別々に二人がいるって感じなんですね。で、旦那は書けないのでごろごろして寝たりしてて。これみよがしに奥さんが、何か言ったりしてますよね。
植本 これ、最初のシーンが鶴の恩返しみたいだったでしょ。書けるまでは襖は絶対に開けるなって。はずだったけど、でも奥さんイライラしてるから開けちゃう。そこら辺の流れもすごくわかりやすくておもしろい導入です。
坂口 開けた奥さんを怒鳴りつけてます。その後も襖を開ける閉めるで大げんかになって、奥さんをぶん殴ったりしてます。いい時代ですね。
植本 いやいや。だから奥さんの方はそんなこんなに耐えかねて、自分の身の回りの荷物を風呂敷にまとめて出ていこうとしています。
坂口 ここは襖の開け閉めとか、それなりのアクションもあって面白いですよね。
植本 セリフとかも、旦那の方が「お前本当に出ていくのか?」みたいなことがあって。
坂口 で、奥さんが家を出ていきそうになる。

植本 そこも細かい。奥さんが出て行こうとすると、「お鍋を火にかけっぱなしだった」のに気づいて一回戻ると外から第三の人物(杉本芳子)が入ってきますね。
坂口 この人上手だよね。
植本 この人って(笑)。
坂口 第三者が入ってくることによって新しいドラマが生まれる。
植本 ドラマの教科書のような。
坂口 本当に教科書のよう。で、その人は横浜で家庭を持っているんだけど、
植本 この家の奥さんの従妹ですね。
坂口 旦那さんと喧嘩してここを頼って家出してきた。
植本 そう。どこか雇ってくれるところはないかと聞いてますね。
坂口 よく出てくるのは職業婦人という「ワード」が今更目新しい。
植本 この家の奥さんも、自分が出ていくとなった時に、職業婦人にでもなってって言ってますね。
坂口 自分もそういう発言をしてるから、この人何言ってんだろうなみたいな雰囲気になりますよね。まあそこらへんも観客はおもしろい。
植本 簡単に言うと、夫婦喧嘩をしているところに夫婦喧嘩をした奥さんの方がやってくるっていう話なんですよ。
坂口 似たような話もあったような・・・
植本 たぶん岸田國士の『驟雨』というのも似ているのかな。
坂口 落語とかでもありそうですよ。
植本 時代は違うけどね。

坂口 まあ彼女が来て無下にもできないと、
植本 本人は4,5日泊めてもらえないかしらって言ってて、でも家もそんなに広くないし困ったなっていう状況ですね。
坂口 そこで夫婦が一芝居打つ、その作戦が面白い。
植本 仲のいいところを見せつけて旦那さんを恋しがらせて帰らせるという。
坂口 だから芝居の上の芝居だから、そこよくできている展開ですよね。その芝居が服を買う話とかになってくると、
植本 そう、ちょっと本気になってきたりして(笑)。
坂口 この話題は後の展開にも使われたりして、効率がよいです。
植本 最初シーンで「この下書きをお前清書してくれないか?」「私あなたの仕事の力になれるってとても嬉しい、日本一幸せな夫婦」とか言ったりとかね。
坂口 原稿全然書けていないのにね。
植本 そんなラブラブな様子を聞かされると、寝てる方の従妹は布団の中で寝返りを打ったり顔を出してみたりしだして、眠れない。
坂口 作戦は成功しつつあるわけですね。
植本 そうです。
坂口 結局我慢しきれなくなって、
植本 咳払いなんかしてね。
坂口 だんだんだんだんね。作戦はさらに成功しつつある。さすがは文藝春秋だね(笑)。

植本 芥川賞と直木賞を設定した人だからね。
坂口 この人が作ったのか。
植本 芥川龍之介の親友だったらしいんだけど才能にすごく嫉妬してたりとか、あとは芥川龍之介が若くして死んでるじゃない、それに対してなんか後悔があったりとか。
坂口 ふ〜ん。そうなんだ。
植本 話それちゃうけど、今、文春砲ってあるじゃない。この会社を作った人だから、その頃からそれに似たようなものはあってね、若い作家さんたちを積極的に取り上げて載せたりとかしてたんだけど、一方で作家ランキングみたいなのとか作ったりとかして。細かいんだよそれが。将来性0、とか。好きな女、娘、女なら何でもいいって書いてあったりとか。腕力、芥川龍之介0とか、そういう細かい。いろんなランキング付けて、
坂口 楽しんでいるんだね。
植本 それで横光利一がすごい怒ったらしいんだけど、でもお世話になっている人たちが大半だから。川端康成がまあまあってなだめたりとかね。
坂口 へ〜〜

植本 あとあれなんだって菊池寛って初めて雑誌で座談会っていう形式を取り入れた人なんだって。
坂口 そうなんですか。
植本 酒とか飲ませながら勝手に話してもらって、それを記事にするっていう。
坂口 ああ、そうなんだ。
植本 そうじゃないと、一対一で取材を申し込んだ時に断る人もいっぱいいたらしくて。
坂口 飲み食いさせて、
植本 雑談させればって。
坂口 賢いですね。まあ外国のことなんかに興味がある人らしいから、そういう知識はいっぱいあったんでしょうね。

植本 『時の氏神』に話しを戻しましょう(笑)。
坂口 はい。旦那さんは作家だから言葉の端々に相手の人を説得させる面白い言い回しがありますね。
植本 ひょんなきっかけで奥さんが飛び出て、旦那さんが迎えに来たら帰るみたいなことかもしれないけど、そうはうまくいかないかもよって。
坂口 上手に説得してます。
植本 旦那さんが探している途中に女給さんとかいい人が見つかって、そっちの方に気がいっちゃって。で、奥さんの方は奥さんの方で迎えに来ないから働きだしたりとかして、結局別れることになったりする例もあるよ。
坂口 自分のことは棚に上げてという設定がもう既にあるから、喜劇度が増しますよね。ただの説得じゃないです。
植本 彼の身近に実際いるんでしょうね。文学好きの女給さんで、背が高くて、色白で、ほくろがあってみたいなすごく細かい描写でね。
坂口 それに対して奥さんの「あなたやけに詳しい」って突っ込みが入りますね(笑)。

植本 (笑)。その日はもう帰れないんじゃないかって、
坂口 実際に彼女は泊まる状況になってます。
植本 奥の部屋で従妹の方が布団に入っていて、隣の部屋で夫婦が作戦開始です。今まで喧嘩していたのにね。
坂口 そしたら、従妹がもそもそしだして。
植本 すかさず奥さんの方がね「あらまだ起きてらっしゃったの」って、そしたら従妹の方が「今何時かしら、まだ車があるかしら?帰ろうと思うんだけど」って。
坂口 帰ると言っています。
植本 作戦成功で車を呼んで帰ります。
坂口 作戦はトントン拍子に進んで、夫婦のお芝居をしているところはユーモラスですよね。そこでもうひとつ仕掛けがあります。
植本 風呂敷包みね。
坂口 奥さんも家を出ようとして急いでまとめた風呂敷包み。
植本 で、従妹が持ってきたのも似たような風呂敷包み、同じ押し入れの中入ってたので取り違えが起こる。
坂口 夜だし急いでいるしね。別の風呂敷包みを持って従妹が帰っていく。で、良かったねっていう話をしていると、
植本 車屋が戻ってきて、荷物が違います、と。
坂口 そこでもうひと盛り上がりしますね。
植本 鮮やかなんですよその辺の仕掛けが。最後は旦那さんの方が一事件が解決して気分も良くなったのか「原稿が書けそうだ」って。奥さんの方はその風呂敷包みをときかけた所で終わります。

坂口 節々に面白い言葉が浮かんでくるし、それが柔らかく出てくる。何かいかにもな社会的なことを言っているんじゃなくて、とてもユーモラスな感じで出てくるのが、この人の何か、何ていうんですかね、作家として幅が広いっていうか。
植本 うん、よくできてる。これができる役者さんは力のある人だと思う。
坂口 うまいでしょうという人も嫌だし、下手はもう話にもならないしっていうふうに思うと、今の人がやって面白いって思えるようなこの三人芝居に出会えるのは、奇跡のようなことになっちゃうのかな。まぁともかく、100年前に“文春”を作ったおっさんはこんな戯曲を書いてたんですね。おもしろいですね。
植本 さっき編集長が言ったみたいに、若い頃こんな面白さが分からなかったっていうところで、若い人たち20代とかね、10代の人たちがこの作品を読んでどう思うのか、すごく興味があるんですよね。
坂口 流れがおもしろいので今回は本文の引用はしませんでした。短い作品ですので全体を読んでみてください。下記サイトで無料です。

『時の氏神』(戯曲デジタルアーカイブ)
https://playtextdigitalarchive.com/drama/download/827

プロフィール

植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。2023年の退座まで、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。09年、同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている。

坂口真人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

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