
劇団とっても便利の代表作で、バレエやコンテンポラリーダンス、古典芸能まで取り入れたオリジナルミュージカル『complex』が、5月14日〜17日に大阪 ABCホールにて、そして5月21日〜24日には東京 博品館劇場にて上演される。
人気のBar「complex」の常連の国木田威が区議会議員への立候補を宣言したことから、Barの人々による型破りな選挙運動をスタートする。誰もが感じている絶望と、誰もが持っているちょっとした狂気、そして誰もが望んでいる暁の光。そんな今を生きる人々が直面している世界を描き出す。
劇団の主宰で、本作の作曲・脚本・演出を務め、ヨガ・パイナップル役で出演する大野裕之と、大野とともに同役をダブルキャストで演じる岡本悠紀に公演への思いを聞いた。
ミュージカル『complex』2026年版はこれだというものを
──まず、大野さんから劇団の代表作でもある本作を再び上演することへの思いを聞かせてください。
大野 2005年に初演し、2007年に再演、2023年に再々演した作品ですが、実は初演時から台本はあまり変えていないんですよ。人に認められたいという承認欲求やワンフレーズ政治、セクシャリティの問題は、これを書いた当時よりも今の方が、より現代的な問題として捉えていただけると思います。時代に合わせて、この作品が育っていることを感じるので、まずはまたパワーアップした作品を皆さんにご覧いただきたいという思いがあります。この作品は、国木田が立候補することをきっかけに、みんなの夢がぶつかり合って、それが破壊されて、でもその絶望の廃墟を乗り越えて暁が差し込むという、夢と絶望と再生の物語です。今、私たちはコロナの後で同じような経験をしました。いろいろな夢も見たし、廃墟もあったし、そこに暁の光が差し込んだ。きっとまた新しい『complex』ができるんだろうなと思います。
──そうした物語を今回は、新キャストを迎えて上演します。岡本さんは、出演が決まりいかがでしたか?
岡本 僕もその新しいキャストの一人ですが、劇団員の皆さんを始め、すでに本作を経験されている方がたくさんいらっしゃるので、僕がこれまで生きてきた演劇人生の全てをかけて、新しい風を起こせたらと思います。今、日本では海外のミュージカルを日本人キャストで上演したり、2.5次元と呼ばれる舞台があったりしますが、そういう作品ですと役を一から作り上げることが少ないんですよ。でも、この作品は日本人が作った日本のオリジナルミュージカルで、等身大の日本人を演じられます。それもまたすごく楽しみです。ミュージカル『complex』の2026年版はこれだというものを皆さんの胸に刻めるように頑張りたいです。
──確かに、等身大の人々が描かれている演劇はあっても、ミュージカルはなかなかないですよね。
岡本 そうなんです。最近はミュージカルと聞くと、海外のアニメを想像される方も多いようですが、この作品は現代の日本を舞台にしています。何気ない日常の中でリズムが刻まれていくというのはこういうことだと感じていただけると思います。演じるのがすごく楽しみです。
──本作では、バレエやコンテンポラリーダンスを始めとして、幅広いダンスが取り入れられていますね。
大野 そう心がけています。ミュージカルは、いずれかのジャンルの枠におさまるものではなく、いろいろなものを乗せていいものだと僕は思っています。僕が、最初にミュージカルを観たのは、18歳のときだったんですよ。浪人をしていた時代に、バイトをしてイギリスに行き、たまたま上演していた『サンセット大通り』の初演を観たのが最初でした。年配の、すっかり忘れ去られた元大女優が、若い脚本家に恋をして、最後には撃ち殺してしまうというストーリーなのですが、そんなドロドロしたドラマもミュージカルになるんだと、すごく大きな衝撃を受けて。そうした経験が「これがミュージカルだ」という枠をなくし、自由でいいのだと考えるきっかけになったのだと思います。よく考えてみたら、僕は歌舞伎や浄瑠璃も好きで、それもある意味では、日本のミュージカルです。この作品も、王道のミュージカルバラードから現代音楽、そして浄瑠璃まで取り入れて、なんでもありの作品になっています。踊りも、クラシックバレエやコンテンポラリーから日舞まで、やりたいと思うことを詰め込みました。

ダブルキャストは関西弁と関東弁で!?
──岡本さんは、ヨガ・パイナップルという役柄についてどのように捉えられていますか?
岡本 皆さん、ヨガ・パイナップルと聞いてどんな人物を想像されますか? そもそも、ミュージカル『complex』と聞いて、繊細なミュージカルなのかなとか、オシャレな作品なのかなとか想像が膨らんでいると思います。ヨガ・パイナップルも、どんな魅力があるのか、ぜひ劇場に観に来ていただけたらと思います(笑)。台本を読んだときに、僕自身も、一言で「こういう人物」と言い切れない役だと思いました。Bar「complex」のプロデューサーで、彼もまた「complex」にとってとても大切な役割を果たしていて、主人公的なところもあると僕は思っています。頼れる一面やビジネスマンとしてバーの未来を考える頭の良さもあり、でも、実は悲しみも背負っていて。ある意味では、現代人を象徴する役でもあると思うので、彼の持つ人間味や脆さまでしっかり出していきたいです。きっと共感していただけるところがあるキャラクターだと思います。
──今回は、大野さんとダブルキャストですね。
岡本 演出家の方とダブルキャストというのはプレッシャーですね。
大野 私も恐れ慄いているところです(笑)。
岡本 例えば「このシーンはどう演じたらいいんだろう」という疑問があったとして、大野さんはその全ての回答を知っている方なんですから。今、台本を読みながら「どうチャレンジしていこう」と考えているところですが、とても貴重な機会だと思うので、誠心誠意務めたいと思います。
──大野さんとしては、このヨガ・パイナップルというキャラクターにはどのような思い入れがありますか?
大野 これまで、たまたま自分で演じていたのですが、どうしても自分で書いているからこそ、感覚的に演じてしまうところがあるんですよ。今、岡本さんがチャレンジとおっしゃいましたが、僕にとってもチャレンジです。岡本さんは俳優としてプロフェッショナルな方でいらっしゃるので、そういう方が演じてくださることで、きっと僕は書き手として「ヨガ・パイナップルはこういう役だったのか」と気づくんだと思います。それは、この役にとっても、この作品にとっても成長につながりますし、僕にとっても勉強になります。とても期待しています。
──そうすると、これまでのヨガ・パイナップルを踏襲するというよりは、岡本さんが新たにヨガ・パイナップルを作り上げていくのですね。
大野 むしろたくさん盗んでやろうと思っています(笑)。
岡本 いやいやいや、それは僕のセリフです(笑)。でも、きっと全く違うものになるのではないかと思います。台本を読んだときに、キャラクターがみんな関西弁を話していて、(大阪の)ABCホールでの公演もあるので、関東人の僕としては、より関西弁を頑張らなくてはいけないなと思ったのですが、先ほど、大野さんから「ご自身のお言葉でどうですか?」というご提案をいただいて。関西代表と関東代表ではないですが、それぞれの個性が出るものになるのかなと思います。僕は、ミュージカル畑で育ってきて、パワープレイのような芝居が多かったので、それがどこまで劇団の方とリンクできるのかまだ分からないところも多いですが、いろいろと挑戦できたらと思っています。ただ、台本のヨガ・パイナップルのセリフの後に「一同笑う」というト書きがあるんですよ。でも、そのセリフを関東弁で言ったとき、はたして「一同笑う」になるのかなと。いろいろと考えていかなくてはいけないこともあるのではないかなと思っています。
──確かに、関西弁とはセリフのニュアンスが変わるということはありそうです。
岡本 標準語だと伝わらないニュアンスもきっとあると思います。例えば、関西弁の「アホちゃうか」という言葉を標準語に直すと「バカなんじゃねえの」となりますが、関西弁よりもキツく聞こえますよね。そうした繊細なすり合わせも必要になるかなと思います。
大野 でも、僕たちは人も違うし、背格好も違うので、同じにできるわけがないんですよ。そもそもこの作品は、それぞれの個性がぶつかるという話なので、そういう意味でも、岡本さんにしかできないヨガ・パイナップルを作っていただくことで、違う個性を楽しんでいただければいいなと思います。同じことをやっても面白くないですから、2倍楽しんでもらえるようなダブルキャストになったらいいですね。
岡本 そうなったら素敵ですね。心がけます。
大野 ヨガ・パイナップルに限らず、どの役も演じる人の人生や背負ってきたものが出る役だと思います。なので、岡本さんは岡本さんの個性を出していただきたいと思っています。

すごい方なので失礼のないようにと
──演出面では、今回、どのようにブラッシュアップをしていこうと考えていますか?
大野 実は、大幅に変える予定です。これまでは、2階建てのセットを組んでいましたが、今回は金属ラックを使って、それを動かして場面を変えていく演出を考えています。舞台美術にも演技者になってもらい、光の当て方によって夜景に見えたり、きれいなバーに見えたりと、さまざまな表情を出していきたいと思っています。なので、すでに存在しているセットの中に人間が入るのではなく、その場で生成し、成長していくような舞台になればと考えています。
──岡本さんは、大野さんの演出は初めてですよね?
岡本 はい、初めてです。なので、すごく楽しみです。実は、僕の姉がチャップリンが大好きなんですよ。それで、大野さんのこともよく知っていて、姉からもすごい方なのだと聞いております。お願いだから失礼のないように、と。今日初めてお会いしますが、とてもとても光栄です。
大野 お姉さまにもよろしくお伝えください。
岡本 姉が泣いて喜びます!
──大野さんは、世界的なチャップリン研究者としても知られていますよね。そうした研究は、作品制作にも取り入れられているのでしょうか?
大野 昔からチャップリンが好きで研究をしていますし、研究と創作は僕にとっての両輪だと思っています。ただ、それがどう関わるのかというのは、自分でもまだ分からないです。チャップリンは、自身で音楽を作曲していましたが、彼の身体表現は音楽が奏でられているかのようなリズムがありますよね。僕がミュージカルを素敵だなと思うのは、音楽で新しい世界を開くというところなので、そうした音楽性やリズム性は、チャップリンとミュージカルの共通点だと思います。
「廃墟を乗り越えて、暁が差す」物語
──ところで、本作では、室将也さんが国木田威を演じますが、室さんとの共演の楽しみや、室さんの国木田に対する期待についてもお聞かせください。
岡本 僕は、将也とは『あゝ同期の桜』という舞台で共演し、熱い芝居をさせていただいたことがあります。今回、将也はミュージカル初挑戦と聞きました。彼の経歴的に、歌ったり踊ったりしているイメージがあったので、初挑戦というのはすごく意外でしたが、今回もまた熱い芝居ができたらいいなと思っています。とても素晴らしい人なので、共演できることをすごく楽しみにしています。今回、出演が決まったときに、将也の名前があったので、大興奮して、すぐに連絡を取ったんですよ。かわいいやつなので、とても楽しみです。
大野 僕自身は初めてご一緒させていただきますが、うちの劇団の多井一晃が、大阪の新歌舞伎座の舞台で共演しています。その舞台は、室さんの初舞台だったそうですが、そこですごく仲良くなって。多井が昔から、「客演に来てもらいましょうよ」とずっと言っていたんです。それで、念願が叶ったと。
──多井さんのお墨付きなんですね。
大野 そうですね。国木田という、自分の夢にまっすぐに向かいながらも、どこかで崩れてしまう役柄は、悪役にもなり得るキャラクターですが、そこに人間としての魅力や悲しさを、室さんはきちんと表現してくださるんだろうなと思っています。
──最後に公演に向けての意気込みと、読者へのメッセージをお願いいたします。
岡本 ストーリーも一つひとつのセリフもナンバーも、グッと刺さる瞬間があると思います。どのキャラクターも輝いていて、細かいところまで何度も見返したくなる作品です。そして、そこに大野さんワールドが広がっています。その世界観を、ぜひ体感しにいらしていただけたらと思います。
大野 どのキャラクターも主役なので、きっとどなたかに共感していただけると思います。この作品は「廃墟を乗り越えて、暁が差す」物語です。ご覧になったお客さまの心にも暁が差し込んだらいいなと思っております。

【プロフィール】
おおのひろゆき○大阪府出身。脚本家・映画プロデューサー・映画研究者。京都大学在学中にミュージカル劇団とっても便利を旗揚げし、脚本・演出・作曲を担当。『音楽劇ライムライト』(脚本)など音楽劇をはじめ、チャップリンの『街の灯』を翻案した歌舞伎『蝙蝠の安さん』(脚本考証)、国立文楽劇場で今夏上演の文楽『まちの灯』(脚本・演出)など古典芸能まで手がける。脚本・プロデューサーを務めた映画『太秦ライムライト』は国内外13の賞を受賞。チャップリン研究家としても知られ、日本チャップリン協会会長を務める。著書に『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』(岩波書店、第37回サントリー学芸賞)他多数。2006年ポルデノーネ無声映画祭特別メダル、14年京都市文化芸術表彰。
おかもとゆうき○東京都出身。就職活動中に観た宝塚歌劇に魅了され、俳優を志す。絶対音感や元アメフト選手という個性を武器に、東宝 『RENT』、『Miss Saigon』など多数のブロードウェイミュージカルに出演。15本以上の現場でボーカルキャプテンを務める。ミュージカル「新テニスの王子様」や「僕のヒーローアカデミアThe“Ultra”Stage」など、2.5次元舞台の出演や歌唱指導にも活躍の幅を広げている。歌い手としても精力的に活動。自身が企画・制作に携わる「リビングルームミュージカル」は、2018年初演から現在第22回まで、全公演完売で上演。今後も継続的な開催が予定されている。

【公演情報】
ミュージカル『complex』
作曲・脚本・演出:大野裕之
出演:室将也 麻央侑希 加藤夕夏 岡本悠紀・大野裕之(ダブル) 松本岳 星名美怜 設楽銀河・横山統威(ダブル) 峰蘭太郎/高嶺ふぶき ほか
●5/14〜17◎大阪 ABCホール
●5/21〜24◎東京 博品館劇場
【取材・文◇嶋田真己 撮影◇中田智章】





