タカハ劇団の新作公演『ヒトラーを画家にする話』稽古場レポート到着!
高羽彩が脚本・演出・主宰を務めるプロデュースユニット、タカハ劇団の新作公演『ヒトラーを画家にする話』が9月28日から10月1日まで、東京芸術劇場シアターイーストにて上演される。本作は、2022年に上演予定だったが、新型コロナウイルスの影響により全公演中止となっていた。そこから1年が経ち、満を持しての上演を控え、更にパワーアップした座組の稽古場からのレポートをお届けする。
本作は、進路に悩む日本の美大生3人が、ひょんなことから1908年のウィーンにタイムスリップし、ウィーン美術アカデミーの受験を控えた青年アドルフ・ヒトラーと出会い、彼を画家にするために奮闘する物語だ。
現代日本の美大生と20世紀初頭のウィーンに生きる人々がそれぞれに持つ葛藤をコミカル且つ骨太に描いている。
公演が延期されたにも拘わらず、映像に舞台に活躍中のキャスト陣が1人も欠けることなく再集結した。去年の稽古での積み重ねを踏襲するだけでなく超えて行こうとする気概が感じられ、稽古場の熱気は十分だ。
ウィーンにタイムスリップする日本の美大生たちは、それぞれに人生の岐路を目前とする大学4年生。
実家が有名な画廊を経営していて、並ならぬ審美眼を持つ僚太を演じる名村辰は、持ち前の演技力で役柄の情熱を存分に発揮する。
芳村宗治郎が演じる朝利は、僚太の友人で、大学在学中から起業しプロダクトデザイナーとして活躍している。理知的なようでいて、発言の所々に面白味があるのが印象的だ。
渡邉蒼が演じる板垣は、同じく僚太の友人である。地元の教員採用試験を控えており、合格すれば晴れて教員になる堅実な学生だ。
また、彼らがタイムスリップした先で出会うウィーンの人々も、個性と魅力で溢れている。独裁者として悪名高いアドルフ・ヒトラーを演じる犬飼直紀は、エネルギッシュに、抒情的に人物を造形している。
川野快晴が演じるアウグストはアドルフの親友であり、おおらかなキャラクターがはまり役だ。
山﨑光が演じるアロンは、絵の才能に溢れるユダヤ人の青年で、彼の控えめながら核心を突く発言には随所でどきりとさせられる。
アドルフたちの下宿先の家事手伝いをしている娘シュテファニーは、重松文がチャーミングに演じる。
そして、時代や直面する現実に翻弄される若い彼らを取り巻く大人たちを演じるのは、異儀田夏葉、砂田桃子、結城洋平、柿丸美智恵、金子清文、有馬自由といった面々である。言わずもがな安定感のある実力派たちが土台を支え、見応えのある作品になることは折り紙付きだ。
ある日の稽古にて、最初にウォーミングアップとして何をやるか、という話が出た。タカハ劇団の稽古場では、稽古の初めにシアターゲームなどをしてウォーミングアップをするのが慣例的になっている。
誰からともなく「これをやってみてはどうか」という意見が口々に出てくる。フレンドリーな稽古場の雰囲気が成せることだ。
まず、名村の発案であるところの椅子取りゲームをすることになった。目的は「空間把握能力を上げる」とのことだ。
確かに、この作品では、キャストが一気に舞台上を縦横無尽に動く場面がある。こういったゲームを通して、集団としての強度の向上が期待できそうだ。
また、ゲームを数回やるにつれて攻略法が言外のうちに編み出されていたのも印象深い。仲間同士の「雰囲気」でのコミュニケーションを生み出していた。
目の前のことだけではなく、自分の行動によって、他者にどのような作用が起こるのか、そしてそれはどのように全体に影響するのか、という演劇において大切なことを体感できるワークになっていたのが外野から見ていても分かった。
このような中で、去年の延期前の稽古以上に、キャスト同士の仲が深まっていることが見て取れた。去年よりも茶目っ気のある会話や振る舞いが多く見られ、結束力は上がっていること間違いなしだ。
休憩を挟んで、作品の稽古に入ると、ウォーミングアップや今までの時間の積み重ねが活かされていることがありありと分かった。
コミカルなシーンの演技に磨きがかかっていて、細かいリアクションも面白味があり、思わず笑わされてしまう瞬間がいくつもあった。また、演技の質感やボリュームが統一されていて、役柄同士のコミュニケーションの強度が上がっていることも感じられる。
キャストの結束力に加えて、高羽の演出によって登場人物の心情と行為の整合性が整えられる。それによってコミカルなシーンも緻密になる。気づいたときには登場人物たちの関係性や行動の意図がすんなりと理解しやすくなっているからその鮮やかな手腕には驚きだ。また、高羽はキャストのトライに対してリスペクトを欠かさない。だからこそ、キャストは高羽のオーダーを吸収したうえで、試行錯誤しながらより良い方向を目指すことができる。キャストが向上心溢れる姿勢で取り組み、高羽がそれを受け入れ更にその良さを伸ばしていく相互関係を見ていると、こちらまで背筋が伸びるようだ。
去年の稽古場と比べて、大きく印象が変わったのが犬飼だった。アドルフの心の機微を、可視化して表現する。こちらが思いもよらない手を繰り出してくる瞬間もあり、飽きさせない。
渡邉は、ちょっとした動きや立ち位置の変更に伴って、感情の出し方にも変化をつける。その適応力には目を見張る。
名村の身体表現のバリエーションの多さにも思わず感嘆する。台詞のないところこそ彼の様子に注目だ。
金子演じるアドルフの父アロイスが息子と言い合いになるシーンの迫力満点の演技は流石の一言。柿丸美智恵の表情豊かに言外の意を表現する様子には思わず笑みがこぼれる。
キャストの魅力を挙げ始めればきりがない。全員が真摯な姿勢でこの作品を描いている。着実に劇世界が密な物へと進化を遂げている。
このように熱量の高いキャストによって織りなされる物語では、登場人物たちの台詞が自分ごとに置き換わって観客の心に響いてくる。劇中の会話の中で涙ぐむほどに感情の乗ったシーンも見られた。
また、こだわりの舞台美術によって、息を呑むような画になるシーンもある。「真ん中で観た人はお得です」と高羽。稽古の段階でもとても期待できる仕上がりだった。劇場で観たときには圧巻であること間違いなしだ。
スタッフ・キャスト一同の1年越しの思いの詰まった本作。是非、多くの人に見届けてほしい。
【公演情報】
タカハ劇団『ヒトラーを画家にする話』
脚本・演出:高羽彩
出演:名村辰 芳村宗治郎 渡邉蒼 犬飼直紀 川野快晴 山﨑光 重松文
異儀田夏葉 砂田桃子 結城洋平 柿丸美智恵 金子清文 有馬自由
●9/28〜10/1◎東京芸術劇場 シアターイースト
〈料金〉一般 4,800円 U-25 2,500円 高校生以下 1,000円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈チケット取扱〉東京芸術劇場ボックスオフィス:https://www.geigeki.jp/t/
〈お問い合わせ〉info@takaha-gekidan.net
〈公式サイト〉http://takaha-gekidan.net/
【取材・文:伊藤優花 写真:塚田史香】