刹那の花火の美しさがつなぐ希望の翼 宝塚月組『フリューゲル-君がくれた翼-』『万華鏡百景色』上演中!

月城かなとと海乃美月トップコンビを中心とした宝塚月組公演、ミュージカル『フリューゲル-君がくれた翼-』東京詞華集(トウキョウアンソロジー)『万華鏡百景色(ばんかきょうひゃくげしき)』が、東京宝塚劇場で上演中だ(11月19日まで)。

ミュージカル『フリューゲル-君がくれた翼-』は、冷戦下の東西対立により国が分断されていた1988年のドイツを舞台に、社会主義国となった東ドイツの国家人民軍から文化庁に出向している大尉が、西ドイツのポップスターを招聘したコンサートの責任者に任命されたことから巻き起こる様々な問題をコミカルに描いた作品。緊張感のあるテーマを、むしろショーアップして魅せる作・演出の齋藤吉正の作劇が光る作品になっている。

【STORY】
1988年、第二次世界大戦終結後、資本主義国家と社会主義国家が対立した「東西冷戦時代」が大きな転換点を迎えようとしていた頃……
東ドイツの文化庁に出向する人民地上軍人であるヨナス・ハインリッヒ大尉(月城かなと)は、西ドイツが誇る世界的ポップスター、ナディア・シュナイダー(海乃美月)を招聘したコンサートの責任者に任命される。欧州各地で起こる民主化の波は東ドイツにも押し寄せ、政府は国民の不満を解消する目的で、首都東ベルリンに西ドイツの歌姫を招くコンサートを企画。これは東西ドイツの行く末に関わる国家的プロジェクトだった。
一刻も早く文化庁から軍の任務に戻りたいと願っていたヨナスは、はじめタレントのボディガードめいた役割を命じられたことに不満を覚えるが、広報部長のゾフィア・バーデン(梨花ますみ)から、ナディアの身を危険に晒すテロ行為を予告する犯行声明文が届いていることを知らされ、トーマ・ランゲ(礼華はる)ら部下たちと共に、この任務を全うしようと決意する。
一方、ヨナスの友人で国家保安省委員のヘルムート・ヴォルフ(鳳月杏)は、民主主義に傾倒していく東西ドイツの統一を断固阻止するとの信念を持ち、やはりヨナスの友人であるアウグスト教会のフランツ・クライン神父(夢奈瑠音)がゲッツェ・バウアー(彩海せら)ら学生たちを集めて開く集会にも強い疑念を抱いていた。
そんななかで、いよいよナディアがマネージャーのルイス・ヴァグナー(風間柚乃)を伴い東ベルリンに到着。ヨナスはナディアに選曲や、歌詞の変更など東側からのコンサート内容に対する要望を伝達する。だが「どこであろうと、私は歌いたいものを歌うだけ」と言い切るナディアは、ヨナスの言葉に耳を貸そうとせず、二人は互いの言動に呆れ果て顔を合わせる度に衝突を繰り返す。
ところがある時、ナディアが口ずさんだ楽曲「フリューゲル」の一節にヨナスは驚く。それは東西が分断される前の幼い日に、早くに父を亡くし現在は西ベルリンになっている地で、母・エミリア・ハインリッヒ(白雪さち花)と共に暮らしていたヨナスが、母と歌った大切な曲だった。音楽を通じて初めて心を交わした二人は、東西ドイツの平和の為に必ずコンサートを成功させようと誓い合う。
そんな折も折、ヨナスがとある縁から、西に脱出させようとしていた女性・サーシャ(天紫珠李)を巡る計画が、監視の目を光らせていたヘルムートら国家保安省の知るところとなり、心ならずもナディアを巻き込むことになったヨナスの身辺は風雲急を告げていく。果たしてヨナスはナディアのコンサートを成功埋に終わらせ、東西融和の道をはかることができるのか……

この作品の上演が発表された当初、壁に隔てられた東西ドイツを舞台にした男女の出会いからはじまるストーリーを読み進めていて「あぁ、月組の次回作は悲劇か…」と思った直後に接した「ベルリンの壁崩壊へと向かう激動のドイツを舞台に描くコミカルでハートウォーミングなミュージカル作品」という結びの文面に驚いたものだ。宝塚観劇キャリアの長い方々なら、この題材からは1995年、当時の星組トップスター麻路さきの大劇場トップ披露公演だった植田紳爾作『国境のない地図』が思い浮かぶだろうし、もちろん宝塚に限らず東西ドイツの分断を描いた作品は数多く、この題材と「コミカルでハートウォーミングなミュージカル作品」という落としどころが、咄嗟に結びつかなかったからだ。
だがそこは、1999年宝塚歌劇に作・演出家としてデビュー以来、ショーとミュージカル双方を担当する人材であり、今でこそ珍しくなくなったもののかなり早い時期から映像を取り入れた表現に個性を発揮してきた齋藤吉正のこと。一夜にして東西が分断され、家族、親族、恋人、友人が29年もの長きに渡り会うことさえ叶わなくなった歴史の事実に、第二次世界大戦中にナチスドイツが犯した暴挙や、ソ連のアフガニスタン侵攻などの苛烈な時代のエピソードも取り入れながら、ひと組の男女が出会い、反発しながらいつしか心を寄せていくというラブロマンスの王道設定を中心に据え、極めて多くの登場人物たちを配置した、まさに「コミカルでハートウォーミングなミュージカル作品」を創り上げているのに感嘆した。デビューから早くも四半世紀が近づいている齋藤だが、紡ぎ出す作品には未だに相当な揺らぎがあって、常に次回作にドキドキさせられる人でもあるが、だからこそ齋藤の作品にはいつまでも瑞々しさが失われないのかもしれないな、と思わせてくれるスピード感のある舞台になっている。特に、車で夜の街に出た二人を、マネージャーと付き人が走って追いかけ、ある程度の間ついてこれてしまう。つまりは細かいことに四の五の言うのは野暮、という世界観のなかに、ベルリンの壁崩壊の瞬間の東西を、盆回しで両国から見せていく豪胆な手法も取り入れていく、演出家としてのフットワークの良さが際立った。

そんな作品で、主人公の東ドイツの人民軍人ヨナス・ハインリッヒ大尉を演じた月城かなとは、生真面目で実直で、祖国を愛しながらも守るべきと誓ったものに対し、危険を顧みず真っ直ぐに行動するヨナス像を丁寧に表現している。ヨナスの美点が「月城かなと」という、現在の宝塚歌劇のトップスターのなかで、最も王道の男役スターを感じさせる持ち味に当てて書かれていることが、ヨナスの、引いては月城の魅力を存分に発揮させていて、母親への頑なとも言える拗れた愛憎も、決して完全無欠のヒーローではない主人公の人間味につながる効果を生んでいた。なかでも大真面目だからこそクスリと笑わせるいくつもの場面の間の良さが抜群で、キスシーンにも至らないナディアとの心の距離が近づいていく過程をきちんと見せた芝居力が光る。東側がナディアに押し付けた60年代風レトロ衣装から、懐メロという設定の主題歌「フリューゲル」につながる展開も自然で、劇中何度も登場するこの曲での海乃とのハーモニーがなんとも美しく、このコンビならではの大人のラブコメをよく生かしていた。

そのナディアの海乃美月は、西ドイツが生んだ世界的ポップスターという設定を自由奔放なヒロインの言動のなかに落とし込みつつ、「みんな仲良くなれたらいいのにな」「お母様の何がわかっているのよ」など、大きな意味のある台詞を耳に残し、ナディアの純粋さを表すことに成功している。勝気でカッコよく、でも可愛い女性であるナディアが、ヨナスとの出会いによって歌手としての使命に目覚めていく成長の過程も見え、折々に登場して場の空気を変える「お腹すいたわ」に込めるヨナスへの信頼と愛情の表現も絶妙。月城&海乃コンビの持つ、しみじみとした大人のカップルという美点を存分に感じさせてくれた。

国家保安省委員ヘルムートの鳳月杏は、社会主義国家を絶対視する役柄を一見無表情ななかに、怜悧なまなざしを込めて演じている。みんなの幸せが私の幸せだと誰もが等しく思えるほどには人類は成熟していなかった、という現実が社会主義の理想を頓挫させたのは歴史の事実だが、この理念を人類の希望と考えた人々も確かに存在していて、歴史の歯車に抗うための方法こそ過激だが、ヘルムートは根っからの悪人という訳では決してない。その主人公とは立場を異にする信念の人を、鳳月が色濃く見せたことが全体にポップな作品を引き締める効果になっていて、鳳月の個性がよく生きている。終幕の決断は観客の想像力に任せてもいいようにも思うが、ここに至る人物像を鳳月が説得力を持って演じたことが、ひとつの答えにつながっていた。

一方、西ドイツの文化統一協会から派遣され、ナディアのマネージャーとして帯同してきたルイスの風間柚乃は、作品のポップさを双肩に担って躍動している。実際ルイスはこの作品全体の飛び道具とも言える存在で、バスルームに入ってどうするんだ!?と思った瞬間、きっとルイスだけが知っている抜け道があるのだろうな…にはじまる、直接描かれていない全てはルイスがきっとどうにかしたんだ、で物事が進んでいく展開はまさにあれよあれよ。いくら芝居力に優れた人とは言え、いささか作劇が風間に頼りすぎではないかと思うほどだが、それをあっけらかんと納得させてしまえるのもまた、風間の持つ任せて安心の感触故。壮大な自己紹介ソングも朗らかに聞かせ、硬軟取り混ぜた大活躍だった。

また前述したように非常に役柄が多く、各々の登場人物たちが有機的にドラマの展開に絡んでいくのもこの作品の大きな美点。ヨナスの部下トーマの礼華はる、ピエールの英かおと、リンの白河りり、アメリの天愛るりあが、グループ芝居のなかでそれぞれのキャラクターをしっかりと提示していて、ヨナスが信頼と尊敬に足る人物であることを描写する力になっている。同じくヨナスを信奉して活動するミクの彩みちる、マリアの羽音みかが、資本主義国と社会主義国の現状を説明する役柄を、コミカルさを交えて演じて印象深い。彩ならではのネーミングの工夫も笑いどころで、こうした逞しさのある役柄が二人共によく似合った。ヨナスの上司のゾフィアの梨花ますみが、常に柔らかな芸風から大きく振り切った男前ぶりで役幅の広さを示したし、なんでも人の言葉を模倣するペーターの春海ゆうの戯画的な表現も笑わせる。

彼らに囲まれているヨナスがなんとしても守り抜こうとするサーシャの天紫珠李も、非常に重要な役どころ。対ヒロインへの愛情とは別の次元で、主人公が心にかけ続ける女性を登場させるのは、雪組公演『CITY HUNTER』-盗まれたXYZ-でも斎藤が使った手法で、ヒロインとヒーローの距離が近づいていくまでに時間を要する作品にとって、鮮やかな色味を増す要素になっている。それに応えた天紫の存在感も大きく、終幕の翼の具現化であるフリューゲルの美しいソロと共に役割りを十二分に果たしていた。そんなサーシャにも大きく関わる東西ドイツの統一を目指すフランツ神父の夢奈瑠音は、にこやかな物腰のなかに隠した信念を目配りの効いた演技で表現して、運動のリーダーとなる人物を活写。東急シアターオーブ公演『DEATH TAKES A HOLIDAY』で広く知らしめることが叶った抜群の歌唱力が、この作品のクライマックス「歓呼の歌」でも生かされていて、アカペラの歌い出しが実に見事。改めて貴重な人材だと感じさせてくれた。彼の運動に参加していて物語を動かす役割りを果たす学生ゲッツェの彩海せらも、平和な世界を純粋に夢見たからこその揺らめきを的確に表現しているし、ノーラのきよら羽龍も多くはない台詞のなかで、学生たちのリーダー格的存在であることをよく表している。卒業公演となった水城あおいに台詞を振った配慮も温かい。

ヘルムートの周辺ではヴォーヴァの佳城葵が第一声から只者ではない威圧感を静かに発して、いつもながらの芝居巧者ぶりを発揮。ノイビルの蘭尚樹もこれが卒業公演だが、ひと際目に立つ行動を任されていて、キャラクターに苦み走った色を加え、男役として有終の美を飾った。クリストファー大佐の大楠てらも大きな演技を披露。他方、ナディアの付き人ヘルガの菜々野ありが、よく動く表情とマンガチックな動きが愛らしく、出番の多い役柄を生き生きと演じていた。
他にも、冒頭の短い持ち場がドラマに長く影響を与える必要があるアランを、くっきりと見せた瑠皇りあ、ナディアの所属事務所社長テオの「ちゃらい」を体現した空城ゆう、国境警備の軍人が大スターを前に我を忘れる様子が微笑ましいルドルフの彩音星凪、ヨナスとナディアが食事に出たオープンテラスで接客するベンのぶっきら棒ななかにある人の良さを示した一星慧など、ポイントの出番の面々がよく役を作りこんでいて、「芝居の月組」の伝統が随所に感じられ、残念ながらとても書ききれない。そんななかで、ヨナスの行動原理の根幹にもなっている母・エミリアの白雪さち花は、ヨナスの子供時代を喜怒哀楽豊かに演じる朝香ゆらら、ヨナスの家族である叔父の朝陽つばさ、叔母の麗泉里がいる冒頭の場面から、更に遡った第二次世界大戦中、そして現在と年齢の幅が極めて広い役柄を確かに演じていて、個性豊かな人だがこうしたどこかで耐えるキャラクターがむしろ非常にハマっている。そのエミリアとヨナスをつなぐ役どころである弁護士ニコラの蓮つかさが、信義を尽くす誠実なキャラクターを好演。新人公演主演経験を持つ男役が、近年こうした酸いも甘いも嚙み分ける役柄を堂々と演じてくれていることが月組の豊かさにもつながっていただけに、ここでの卒業が残念でならない。

全体に、ベルリンの壁崩壊後の世界が、東西の貧富の差を拡大させるなど、大団円で終わらせるには難しい局面もある歴史を、「ひとつのドイツの未来を信じたい」というヨナスの台詞だけではなく、ドラマを俯瞰している人物として、桃歌雪が口跡よく演じる物理学研究者アンジーを登場させ、「私は信じよう。この日が“誇り”としていつか語られる日が来る事を」と客席に伝えた齋藤の真摯な作劇が生んだ好舞台となった。ヨナスが乗る車のナンバープレートや、緞帳が降りてからの齋藤お馴染みの映像演出にある、気づく人だけ気づいてくれの遊び心も、是非チェックしてみて欲しい。

その映像がつないで、日本へと旅する舞台が描くのが東京詞華集(トウキョウアンソロジー)『万華鏡百景色』で、江戸時代に引き裂かれた花火師と花魁の魂が、時代を越えて輪廻転生していくドラマをショー作品として仕上げた、宝塚期待のホープ栗田優香の宝塚大劇場、東京宝塚劇場デビュー作品。2021年和希そら主演のバウホール公演『夢千鳥』で見せた、新人とは思えないレベルの高さが衝撃的だったデビュー作が今も忘れ難い栗田が、大劇場にショー作家として登場してきた驚きは、やはり宝塚に大きな足跡を残した荻田浩一を彷彿とさせる。しかもひと組の男女が輪廻転生していくことによって、物語がつながっていながらも場面、場面の色がガラリと変えられる利点がショーにピッタリで、これは画期的な着眼点。何よりも芝居に長けたトップスター月城かなとにとって、非常に相性の良い作りになっていて、現時点での月城の代表作と言えるショー作品になったのが嬉しい。確かなダンス力はもちろん、自分の美点を活かす髪型や、アクセサリーの工夫に群を抜くものがあるトップ娘役の海乃が、僅かな時間でガラリと趣を変えて登場する七変化の魅力も楽しめ、江戸、明治、大正、昭和、平成、令和と輪廻転生を繰り返すなかで、時には人同士ではなくなるという二人の斬新な生まれ変わりも目に鮮やかだ。

そんな二人がそもそも悲恋を迎えた江戸時代、花火師が共に花火見物に繰り出すわけにはいかない花魁に「せめて偽の花火で許しておくれ」と差し出す万華鏡が、時を超え人から人へと移り行くなかで、その万華鏡の付喪神である鳳月杏が通し役で、所謂和洋折衷よりはやや和のテイストが濃い加藤真美の印象的な衣装で、転生していく恋人たちを見守るとも、積極的に出合わせるのとも違う、ただただ行く末を見つめている難しい役柄を見事に務めている。一転、大正時代では芥川龍之介の「地獄変」を基にした場面で、絵師であり、芥川自身でもある創作者の狂気を表現。作家の業を踊る夢奈瑠音、大殿の蓮つかさ、猿の蘭尚樹、娘の天紫珠李が揃う見応えある場面になった。

主人公二人が登場しないこの場面や、中詰め、ロケットなどへのつなぎに、風間柚乃のソロや、礼華はる、彩海せら、瑠皇りあ、七城雅など若手を中心とした場面で時代の移り変わりを表現するなど、ショー全体に美意識があり、謎めいた骨董屋の梨花ますみから万華鏡を譲り受ける少女の花妃舞音など、適材適所の配置も美しい。おそらく夢奈の「業S」や、ロケットでセンターを取る天紫などは、宝塚のセオリーに添えば衣装の色や形を少し変えるとか、光物がつくなどの差異をつけるところだろう。だが、あくまでも統一美を貫いた作家の強いこだわりと共に、パレード前のデュエットダンスでトップコンビが最後に銀橋に走り出るそれこそ宝塚ショーのセオリーを、まず銀橋で輪廻転生を繰り返していた二人が遂に出会ったことを見せてから、本舞台に戻って踊る秀逸な展開に新味があり、宝塚歌劇のショーに新たな可能性を感じる作品になった。

この月組東京宝塚劇場公演は、例年より遥かに早く猛威を奮っているインフルエンザの大流行などの影響による公演中止を経て、最多の時期には13人もの休演者を出しながら、代役による上演で公演が続けられた(現在は全公演休演の日向みなき以外の全員が復帰)。そのなかにはゲッツェ・バウアーの彩海せらや、マリア・フィッシャーの羽音みかなどウエイトの大きな役柄を演じるキャストも含まれていたが、前者は瑠皇りあが早い時点で心に闇を抱えていると感じさせる役作りで、後者は朝香ゆららが可憐さをより前に出した演技で、それぞれ本来の自分の役柄も務めながら立派に代役を演じたのをはじめ、ショーで大きな持ち場を引き受けた瑠皇、七城雅らの奮闘を併せ、おそらく初めて観る人には誰が代役なのかは全くわからなかっただろう舞台を繰り広げた。これだけの人数になるとショーを含めて、自分の立ち位置や踊る場所などにひとつも変更がなかった出演者はいないのではと思わせるし、実際ショーの戦後の闇市の場面では、風間演じる警官Aが靴磨きに靴を磨かせるところを、靴磨き役が不在のなかで、風間の方が闇市のドンの月城の靴を賄賂で受け取った札束で磨くなどをはじめとした臨機応変は数知れず、緊急事態を支えきった月組の底力に頭を垂れるばかりだった。

ただこれだけの事態に対応できるプロフェッショナル集団である、現在の月組を率いている月城&海乃コンビが、コンビとして宝塚に在る期間を定めたことが既に発表されているだけに、様々なスケジュールが中止、延期を余儀なくされている現状で、発表された期日だけが動かないまま時が進んでしまうことには、二人を、引いては二人が率いる月組を愛した人々に、単なる寂寥感では済まない痛恨の思いが残るのを避けることが極めて難しい。特に月城&海乃コンビは、トップ披露から今日までの日々の全てがコロナ禍の激動に翻弄されていて、各組のスターが揃う「タカラヅカスペシャル」への出演も未だ実現していない。代役を見事に務めた瑠皇りあが主演予定だった東京宝塚劇場新人公演も無念の中止になっていて、それ自体万やむを得ないことであれば、宝塚歌劇団には何かの形の代替え案を検討して欲しいと願わずにはいられない。そうした配慮は、誰もが不安を抱えている日々に、困難に次ぐ困難を越えて月組が、宝塚が描く美しき舞台が、未来に向かう道にきっとつながる。刹那にあがる花火のような三時間の舞台は、一期一会で消えていく。それでも、その刹那の夢を演じる側も受け取る側も憂いなく交感できさえすれば、心にあがった花火の美しい記憶は永遠に残り続けるのだから。

【公演情報】
宝塚歌劇 月組公演
ミュージカル『フリューゲル-君がくれた翼-』
作・演出:齋藤吉正
東京詞華集(トウキョウアンソロジー)『万華鏡百景色(ばんかきょうひゃくげしき)』
作・演出:栗田優香
出演:月城かなと 海乃美月 ほか月組
●10/14〜11/19◎東京宝塚劇場
〈公式サイト〉https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2023/fluegel/
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター[東京宝塚劇場]0570-00-5100(10:00〜18:00/月曜定休)

【ライブ中継・ライブ配信情報】
ライブ中継
●11/19 13:30公演[千秋楽]
〈料金〉4,700円(税込/全席指定)
〈会場〉全国各地、台湾・香港の映画館
ライブ配信
●11/19 13:30公演[千秋楽]
〈料金〉3,500円(税込・アーカイブなし)
〈視聴方法〉「Rakuten TV」「U-NEXT」「Lemino」にて配信
〈販売期間〉11/12 10:00~11/19 14:00まで
※詳細は公式サイト参照
https://kageki.hankyu.co.jp/news/20231014_007.html

【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】

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