【ノゾエ征爾の「桜の島の野添酒店」】No.124「シクロのおじさん」

ベトナムはハノイに行ってきた。
初ベトナム。
お休みをいただいて、日数と、距離と、行ったことない国。といったところで、ハノイに行き着いた。
激暑を覚悟していたが、雨や曇天に恵まれて?ひどい暑さとかではなかったのだが、一瞬垣間出た日差しに暴力的なものを感じた。
聞いてはいたが、バイクの多さやその乗り方には笑った。
一台のスクーターで、赤子を含めた家族4人とかは普通の光景だ。
つい写真を撮りまくってしまうのだが、向こうからすれば、いたって日常。何撮ってんだ!という気持ちにさせてしまったことだろう。
一向に途切れないバイクや車に、我々初心者は、いつまでも渡れない。
住人の渡り方を見よう見まねでスレスレで渡る。
危険を感じるところと言えばそれくらいで、たとえば犯罪的な怖い匂いなどは何もなかった。
そのバイクの危なさにしたって、2、3日もすれば慣れて自力で渡れるようになったものだ。
社会主義国家というのもあるのか、警察や警備の目はそれなりに厳しく感じられたが、
あとは、ただただ現地の人々のたくましさに、圧倒されるばかりだった。
無愛想な目力に、底しれぬ生命力を感じたものだ。
シクロという乗り物があって。自転車の前に(人力車と逆パターン)、二人乗りの籠がついていて、観光客を乗せて走るというものだ。
割高だけど、街並みをゆったりと見れるし、一度は乗ってみたい。
と思っていた流れで、とあるシクロのおじさんに声をかけられる。
いや、今はちょっと違う。今は少し、ぶらぶらと歩きたいんだ。
でもおじさんはしつこく(皆さん基本的にきちんとしつこい)、どこに行くんだ?乗って行きなさいよ!と言い続ける。よく見ると片腕がない。それも珍しい光景ではなかった。
ベトナムでは、G R A Bという配車アプリのタクシーが重宝した。すぐ来てくれるし、決済も事前に支払い済みだからぼったくりの心配もない。
翌日だったろうか、街角でまたあのシクロのおじさんに遭遇。また会ったな!と言わんばかりの勢いで誘致が始まる。
おじさんごめん、今もまたシクロのタイミングではないんだ、ごめんよ。
どこか後ろ髪を引かれる思いでおじさんと別れる。
世界遺産の湾とかにも普通に行ってみる。
でもやっぱり、ハノイの旧市街などのその土地ならではの街散策が最高だ。
そうこうするうちに、あっという間に、ベトナムでの最終日を迎えた。
観ておきたかった施設に行ったところ、いた!おじさん!シクロの片腕のおじさん!
お互いに、笑うしかなかった。
言うても、広いですよ?ハノイ。そこでこの数日の間で、こんな何度も会うものかね。
おじさんは当然、もう乗るしかないっしょ!と言わんばかりのテンションだ。
うん、普通に考えてそうだよね。普通ここはもう、乗るよね。
でもおじさんごめん、マジでまたしても乗るタイミングじゃないんだ。行きたいのはすぐそこだから。歩いてすぐだから。マジごめん。
おじさんは、呆然と我々を見送る。
罪悪感に近いものを覚える。
その後、いよいよ一度シクロに乗っておこうとなった時に、おじさんを探すも、会うことはできなかった。
もうシクロは一回で十分だという満足感を得られたが、おじさんに遭遇したら記念にもう一度乗っておこうと思ったが、おじさんに会うことは、2度とできなかった。
でもおじさんは今日も、酷暑の中、スコールの中、観光客に声をかけまくって、自転車を駆りまくっているわけで、
そんなおじさんの残像が、この暑さでだるい気分の中、ふと私に元気をくれる。

著者プロフィール

ノゾエ征爾
のぞえせいじ○1975年生。脚本家、演出家、俳優。はえぎわ主宰。青山学院大学在学中の1999年に「はえぎわ」を始動。以降全作品の作・演出を手がける。2011年の『○○トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞。

【次回予定】
・COCOON PRODUCTION 2023
「ガラパコスパコス 〜進化してんのしてないのか〜」
2023年9月10日開幕  @世田谷パブリックシアター、他
脚本・演出:ノゾエ征爾
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/23_galapacospacos.html

▼▼前回の連載記事はこちら▼▼
https://enbutown.com/joho/2023/06/14/nozoe123/

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