【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】『スラブ・ディフェンス』小松幹生

植本 今回は小松幹生さんの『スラブ・ディフェンス』どうでしたか?
坂口 唐突さに惹かれました。
植本 これは1981年が初演ですね。刑事と被疑者、男二人の取調室での会話劇ですね。
坂口 取り調べをしている中で、いきなり歌いだしちゃうんですね。
植本 ミュージカル仕立てといいますか。
坂口 ミュージカルとか何にも言っていないのに、会話があっていきなりパンッって歌い出します。
【本文】
(前略)
岸田 滝田が、向こうから、お前に会いたい、笑わせるんじゃねえよ!
水上 ・・・
岸田 うす汚え野郎だ。
水上 ・・・
岸田 恥ずかしいっちゃねえや。【ト書き】
水上、突然立ち上がって、【本文】
水上 黙れ、馬鹿野郎!(歌う)どうして俺が恥ずかしい
俺のどこがうす汚い
なぜ今ひとに
さげすみを受ける
なぜ なぜ なぜ
ちくしょうめ!
子どものころは可愛くて
高校時代は純情で
大学出ても、まっすぐで
会社づとめは勤勉で
結婚したら嬉しくて
子どもができて仕合わせで
年月過ぎて気がついて
これでいいのかと気がついて
かほど純粋なこの俺が
どうして俺が恥ずかしい
俺のどこがうす汚い
なぜ今ひとに
さげすみを受ける
なぜ なぜ なぜ
ちくしょうめ!岸田 女房は元気か?
水上 ・・・『スラブ・ディフェンス』小松幹生著(日本劇作家協会戯曲デジタルアーカイブより引用)
植本 心情を歌いだしますね。
坂口 二人芝居なんですけどね。相手とかどうリアクションしているんでしょうね。
植本 今でこそミュージカルがすごく流行っていて、お客さんも多く集まっていて、普通のストレートプレイよりもなんか華やかで盛んな感じなんですけれども、それとは手法が違うというか。読んだ時に感じたのはブレヒトの異化効果に近いなと思って。
坂口 なるほどね。
植本 だってミュージカルはいかに台詞と歌を自然に移行していくかというのが課題なところがあるじゃないですか。これはそこじゃないですもんね。
坂口 最初から言うと、舞台は刑事の取調室ですね。
【ト書き】
N署、取調室。
刑事岸田と被疑者水上。
岸田、マッチの箱をもてあそんでいる。
その単調な音。
互いに相手をじっと見るが 時間がずれていて視線は合わない。
そのうち、しかし、目が合う。
今度はどちらも仲々視線を外さない。【本文】
水上 なんだい?
岸田 ・・・
水上 なんだよ。
岸田 ・・・どういうことだよ。
水上 なにが?
岸田 なにが?・・・気にくわねえな。
水上 笑ったように見えてからさ、ちょっと聞いてみたんだよ。何か、楽しいことでもあったのかなと思ってね。
岸田 ・・・へえ。なるほど。(うすら笑いで相手をじっと見ている)『スラブ・ディフェンス』小松幹生著(日本劇作家協会戯曲デジタルアーカイブより引用)
坂口 だけど、ただ事件を取り調べているだけではないんですね。
植本 刑事と被疑者は高校の同級生なんですね。
坂口 学生運動仲間かな?
植本 当時、先生がパージされた事件を生徒達が助けたりしたんですね。
坂口 でその活動を一緒にしていた二人が何年後かに一人は刑事になっていて、もう一人は普通の社会人になっていたんだけれども、
植本 社会人というかフリーターというかプータローというか。
坂口 でも家庭を持って女房、子どももいて勤めもしていたわけでしょう。それが今は爆弾犯人の仲間の女と同棲している。
植本 爆弾でビルを爆破したのは滝田だっけ?
坂口 はい。それですぐ思うのは三菱重工の事件ですよね。70年ごろかな。三菱重工のビルが爆破されて、その時に何人かが亡くなっていて、その犯人をイメージしてるのかなって。
植本 そうだね
坂口 と思いました。で滝田は女の人を連れて逃亡しているわけです。で、まあその逃亡していた爆弾犯人の女仲間が被疑者と付き合っている、同棲しているというのが一つのメインの話ですよね。
*
植本 そうそう。今、編集長が言ったのが一つの柱で、もう1本は刑事さんの奥さんの話というのがあって、
坂口 そうですよね。その刑事の奥さんにも、被疑者はちょっかい出している?
植本 なんかどうなんだろうね、本当のところはよくわからない。
坂口 そうですね。三人は高校の時の活動仲間で、付き合いがあるんじゃないかというね。
植本 でもそれは刑事が嫉妬深くて、昔の出来事をすごく克明に覚えていて(笑)。
坂口 その刑事と奥さんは後に結婚しているんだけれども、
植本 奥さんは家を出ちゃって、
坂口 で、奥さんは昔の仲間だった被疑者に相談に行っていたりということが、それも何か関係があるんじゃないかって話になってきて。
植本 そう。
坂口 だから結構どうでもいいのに面倒くさい。
植本 そうなの(笑)。
*
坂口 女性関係だけでも面倒くさい。被疑者は自分の女房も捨てて、典子って言ったかな、
植本 滝田の女ね、
坂口 と暮らしているし、刑事の女房にもちょっかいだしているかもしれないということで、結構その話が交互に出てきたりして。だけど何かそこの愛の話についてはものすごく浅い感じがする。
植本 (笑)でた!
坂口 しませんか?何かそれは、この芝居は男二人のその場のやり取りを見せるのがメインで、女性との愛情関係はちょっとどうでもいいような感じですね。
植本 それはあれですかね。役者の腕の見せどころですかね?
坂口 それはどうかな。
植本 (笑)!
坂口 そのやりとりを役者が腕を見せたところでリアリティーを持つとかは。うーーーんどうなんですかね。
植本 あっちの方は大丈夫だった?高校時代からの活動家としてのやり取りがあるじゃない。お前はあの時これを裏切ったとか。
坂口 あれはもうちゃんと読んでないな。あれはどうでもいいでしょう。
植本 読んで(笑)。
坂口 どうでもいい風に書いてない?言わなくてもいいみたいな。
植本 それもわかるけど、突然その話になるからね。
*
坂口 そうそう。で、被疑者はなんで取り調べを受けているかというと、その爆弾犯人の滝田に会ったかどうかと。刑事は爆弾犯人を追っているわけだよね。
植本 滝田と会っている場所が知りたいということで。どうしてかというとあれですよね。典子が逃亡資金を滝田に流しているんだけど、バレたくないからそのルートの途中で被疑者を使うということですね。
坂口 それで滝田に会ったかどうかということが一つのテーマというか、流れになって、会っていない、会ったとかっていう話になりますよね。
植本 「滝田はすごい人物だから、お前なんかに会ってくれるはずがない」みたいなね、刑事が挑発したりしてますね。
坂口 その時は会ったっていうし、他の調べ方の時は絶対会ってないとかにもなりますよね。
植本 最初は喫茶店で俺は40分待たせた。最後の方だと40分待たされたに、変わっていっていたりとかね。
坂口 そういうところでちょっとゴドーっぽい。
植本 そして、つかさんっぽい。ちょっとひねくれた愛情だったりするじゃないですか。
坂口 なるほど。
*
植本 不条理性であったりとか、この戯曲の持っている熱だったりとかを評価している人がいっぱいいるみたい。
坂口 あー・・・
植本 ぜんぜんのってこない。
坂口 何か面白い乱暴さ。歌も入れちまえばいいじゃん、みたいなのがおもしろいと思いました。
植本 これは見ている人は突然歌い出したら笑っちゃうだろうし、楽しいだろうと。
坂口 そこだよね。それはすごくいいですね。もしかしたら今でも通じるかもしれないと思ったの。
植本 これは通用するってこと?
坂口 この形がね。話は駄目だと思うんだ。
植本 (笑)。
坂口 だって昔の仲間との関係や、女との愛情関係みたいなことをいくらぐずぐずやっても詮無いことだから。
*
植本 もしかしたらパブリックドメイン著作権が切れた、例えば芥川龍之介の『藪の中』とかをミュージカルにしましょう、って。この手法何でもできるなって思って。
坂口 そうですね。変に流れを追うよりはこの形がおもしろそうですね。
植本 歌が入るなら意外な作品の方がいいわけですね。
坂口 そうですよね。二人芝居だから別にどこででもできるし、役者が揃えば何でも組み合わせてね。例えば一つの劇場で俳優を毎月変えて、戯曲も変えてもできるよね。
植本 なんなら作曲家さんも変えてね。
坂口 素敵なイベントになりそうな気がしますよ。
植本 小松祭りね
坂口 小松的展開がここで評価されるわけだね。
植本 もう評価はされているんだってば。
坂口 そうなの?
植本 そうですよ。俺たちがしらないだけでね。
坂口 そうなのかあ。
*
植本 もしかしたら編集長よく知っているかなとも思ったの、テアトロの編集人だし、同じ演劇雑誌だから。
坂口 うちは正統の演劇誌じゃないので、知らない。
植本 (笑)。
坂口 昔さ、ちょっと話とぶけど。新劇とテアトロってあって。演劇ぶっくはその頃まだないから、新劇はなんとなく読むことがありました、岡野さんというおもしろい編集の人がいたような記憶があります。
植本 あ〜そうなのかあ。俺は劇評でいうと『話の特集』というのをよく読んでました。
坂口 その本って別に演劇とかだけじゃないよね。
植本 そう。
坂口 永六輔とかそういう人たちだ。
植本 そう、オスギとピーコさんとか、わりと違ったジャンルの方でお芝居好きの人たちが感想を書いていたりとかしてね。
坂口 それはいいですね。
*
植本 結局ね、この二人のやりとりって、ゴドーと同じように何かが解決するわけでもなくですよね。
坂口 ゴドーの話になったからだけれども、ゴドーって話に膨大な背景があるでしょう。そういう中からにじみ出てくるような不条理というか、会話の虚しさというかね。これは薄いよね。けっこう思いつき。
植本 (笑)いろんな人敵にまわすよ。
坂口 いやいやだけれども、そういうお芝居のつくり方も僕はあると思う。すごい知識、ゴドーのような背景がものすごくあって、これについてどれだけでも語れるみたいなものがある、一方で、別になくたっていいじゃん。見た目が面白くて、それなりの展開ができて、心に響くものがあれば、それはそれで十分だと思うんですよ。
植本 ・・・
坂口 僕はそっちの、これはそういう方なんだなと。むしろ認めて、僕が認めるのもおかしいけど、認めた上での発言。で、その潔さも素敵。ところどころで、台詞を言った後、音楽が間髪を入れず入るみたいなト書きとかね。
植本 ト書きにね歌を誘うような前奏が始まるとかね。
坂口 見ているのも、気持ちがいいし、歌っている方は、
植本 勢いも必要というか。
坂口 勢いだけでいいよね!
植本 絶対言うと思った(笑)。
*
坂口 もう一回亡くなる前にこの形で書いてもらえばよかったね。
植本 (笑)。
坂口 いや、マジで。40年経ってこの形を生かしつつ、彼がもう一回書いてみたら面白いよね。というか、今の人が受け止めやすいかな。
植本 そうね。最近というか、10年前に亡くなっているから、今でいう、Xにもアカウントが残っていて、そのプロフィール欄を見ると100歳まで生きたい、書くことがまだまだあるからって書いてあったんだけど、70幾つで亡くなってしまって。
坂口 そういうふうに言える人生は、素敵ですね。
植本 大体の人は枯渇しちゃう。
坂口 ふふふ。
植本 焼き直しになっちゃったりとか。
坂口 大体の人って誰?
植本 (笑)。
【編注】
『スラブ・ディフェンス』小松幹生著は日本劇作家協会戯曲デジタルアーカイブで無料で読めます。
https://playtextdigitalarchive.com
プロフィール

植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。2023年の退座まで、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。09年、同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている。
坂口真人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

