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(雑誌『演劇ぶっく』は2016年9月より改題し、『えんぶ』となりました。)
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記憶に残すべき祈りと使命を込め『大地の子』開幕!

満州開拓団の一員として入植した地で、終戦の混乱のなか家族と離散し、敵国の戦争孤児と迫害を受け死線を彷徨いながらも、中国の大地に生きた一人の少年のあまりにも過酷な半生を通じ、国家間の戦いが如何に容赦なく個人の運命を翻弄するかを描いた舞台『大地の子』が、日本橋浜町の明治座で2月26日開幕した(3月17日まで)。

『大地の子』は1987年から「月刊文藝春秋」にて連載された、「白い巨塔」や「沈まぬ太陽」など数々の大作を世に送り出した山崎豊子による同名小説を舞台化した作品。執筆に際して、山崎が当時外国人に開放されていなかった中国の農村地区に足を運び、多くの戦争孤児から聞き取りを行うなど、心血を注いで書き綴った大河小説は、1995年に日中共同制作でドラマ化。上川隆也、仲代達矢、朱旭、呂中など日中の俳優たちの迫真の演技が大きな話題となり一世を風靡した。

そんな原作の連載開始、そしてドラマの放映から長い時を経た2026年。数多の傑作を生みだしているマキノノゾミ脚本、つねに時代を映す鏡としての演劇を創り続ける、日本を代表する演出家のひとり、栗山民也演出という、強力タッグで実現した舞台化は、主人公の戦争孤児・陸一心(ルーイーシン)役に井上芳雄を迎え、奈緒、上白石萌歌、山西惇、益岡徹らをはじめとした実力派俳優が集結。いま何故『大地の子』を上演するのか、の深い意味と意義をストレートに届ける作品が生まれ出ている。

【物語】
第二次世界大戦後、満州開拓団の一員として入植していた中国の大地に、家族と離散し、共にからくも生き延びた妹・あつ子(奈緒)とも引き離され、一人取り残された日本人孤児、勝男(井上芳雄)。あまりに悲惨な境遇から身を守る唯一の術として記憶を無くし、自分が日本人であることも、日本語も、名前もわからなくなったまま、人身売買にかけられているところを、小学校教師の陸徳志(ルートウチ・山西惇)に助けられる。
子供のいない陸夫妻は、勝男を「一心」と名付け、愛情をこめて育て、高等教育も受けさせる。一心もその期待に応え、日本人孤児であることから度重なる差別を受けながらも、優秀な青年に成長していく。だが、そんな彼の背後には、文化大革命が暗い影を落とし始めていた。
一心は、日本人孤児であるということ以外は、すべてが冤罪である無実の罪で捕らえられ、過酷な肉体労働に従事することになる。しかも服役中の怪我から破傷風にかかり生命の危機にさらされるが、一人の看護師、のちに一心の妻となる江月梅(チアンユエメイ・上白石萌歌)に命を救われ、また、陸徳志の身を挺した請願が実り、拘禁を解かれる。
時が過ぎ、中国での高炉建設の日中共同プロジェクトに参加することになった一心は、日本企業の東洋製鉄所長の松本耕次(益岡徹)と、中国の威信をかけて度々対峙していく。耕次こそが自分の実の父親だとは、互いに親子だとは露知らぬままに……

この舞台から立ち上ってくる重要なキーワードは「記憶」だった。中国の広大な大地に、最小限の出道具と、映像で映し出される年代と、高みにあるシルエットを中心としたアクティングエリアという松井るみの装置のなか、時と場所を自在に越えていく舞台は、一心=勝男の妹・あつ子、中国名・張玉花(ツァンユウホワ)の語りで幕を開ける。彼女が語る「記憶」の欠片は、つまりこの舞台の登場人物すべてを表す言葉でもあるのだ。そう、この時代に生きた人々の記憶を、変えられない過去を忘れない。それだけが未来に希望をつなぐ唯一の手段なのだと、舞台は語っていく。当然ながら企画はずっと以前に立ち上がっていたはずで、その時、舞台の幕が開く2026年のいま、日中の関係に暗雲がたれこめているとは、誰も予想だにしていなかっただろう。だが、だからこそこの舞台からは、「忘れてはいけない」よりももっと強いもの、「忘れるな」とのメッセージが放たれて深く胸を衝いてくる。

それは演出の栗山民也が作品の製作発表会見に寄せた「戦争によってかけがえのない命を奪われた人々に、もう一度言葉を送り、全身を与える、これが演劇のひとつの仕事だ」との言葉。脚本のマキノノゾミが作品公式サイトで「この物語における現在の時制」は1985年で、それから40年、つまりこの作品が発表された戦後40年と同じだけの時が既に流れていることを指摘し、作品を舞台化する意味を「忘れてはいけないことをどんどん積極的に忘れてゆきたがる流れの中で、わたしたちは折に触れて、このような作品と向き合わなければならない」と綴ったコメント。更には「えんぶ」2026年2月号の巻頭ロングインタビューで、主演の井上芳雄が心に残る栗山の言葉として挙げた「演劇はいまの時代とつながっていないと意味がないんだ」と併せ、井上自身が語った「過去を知ることは未来を知ること」「演劇を通してこうした過去を繰り返すべきではないということを共有したい」等々に代表される、この作品に関わる人々の想いのすべてが、つながっているものだった。これらはみな等しく、舞台に色濃く横たわる「記憶」というワードに収斂されていく。

ここに描かれるのは、国と国が争うことが、個人の尊厳をどれほど踏みにじるか、人を人でなくさせるのかという、苛烈な物語だ。陸一心も、張玉花も架空の人物だが、実際にあの時代に中国の地に取り残された日本人孤児のひとり一人を投影しているのは間違いない。なぜ彼らが、国家が押し進めた政策と、そこから生まれた憎しみや恨みの責任を背負わなければならなかったのか。そう訴えながら、舞台には尚、民族を越えた滅私の愛も浮かび上がれば、理不尽だとわかっていても恨む対象を得ることで、僅かでも救われる魂があることも表現されていく。酷だ、辛すぎるという描写のなかにも、ちゃんと理由があり、悔いがあり、自責の念もある。長大な原作のエピソードをすべて入れることができないからこそ、回想を交え、時系列に並んでいない物語は、一つひとつの出来事を印象的にし、観る者に息を抜く間も与えてくれる。そんな作劇は鮮やかで、見事で、演劇としての醍醐味も大きいのが不思議なほどだ。
何よりも息を飲んだのがラストシーンだ。原作ともドラマとも異なる地点、異なる視点、異なる気づきを手渡して、舞台の幕は下りる。それが原作が書かれ、その10年後にドラマが創られてから更に、30年の時を経た2026年のいま『大地の子』を舞台に問う意味だった。国家同士が戦うことが、侵すことが、侵されることが何をもたらすのか。舞台から届けられるこの問いかけを受け取って欲しい。どんな立場でも、どんな主義主張でも、どんな思考でも関わりなく、この問いは心に届き、それぞれの答えにたどり着くはずだ。

そんな舞台を支えるキャスト陣がまた圧倒的で、演劇の、俳優の底力を観る思いがする。

陸一心を演じる井上芳雄は、ミュージカル界を代表する俳優としての顔だけでなく、長年台詞劇、ストレートプレイの舞台にも積極的に取り組んできた蓄積が、この意志ある作品を支える力となって生きている。特に同じ栗山民也演出で、井上ひさし最後の戯曲になった『組曲虐殺』で演じた小林多喜二役の、どれほど理不尽な迫害を受け、糾弾されても自分の信念と誇りを捨てない姿は、陸一心に相通じるものが多く、長く作品創りを共にしてきた同じ演出家と俳優が、明確にひとつの方向を見つめている力強さを感じる。なかでも、一心が受ける途方もない差別や迫害が、今回の作劇では時系列につながっていないだけに、その場、その時の境遇によって衣装や髪形が異なっているにも関わらず、そこに確かに一心がいると感じさせたのは、長年主演俳優を務め続けてきた井上の経験と資質故。休憩込み3時間25分の長尺な舞台を持ってしても、割愛、集約せざるを得ないエピソードも当然ながらありつつ、それらすべてを背負った人物として一心を表出したのが素晴らしい。心を閉ざし、感情を抑え込むことでなんとか平静を保ってきた一心が、妹のあつ子との再会で見せる感情のうねりには、迫真の演技という言葉ではとても表現できない真実を感じた。

張玉花として生きてきた、一心の妹・あつ子の奈緒は、この舞台の語り部としての役割りも担って登場する。5歳で兄と生き別れになり、貧しい山村で暮らす中国人の童養媳(将来の嫁)として買われ、長年の重労働と繰り返さざるを得ない妊娠、出産の為に病が重篤化していく、という戦争孤児の悲惨な運命を象徴した役柄を、痛みも悲しみも悔しさも何も感じないという無表情で表出する様が壮絶だ。特に玉花が実際に話している台詞と、語り部としての状況説明がほとんど交互にある場面でも、全く混乱なく言葉を伝える台詞術には感嘆させられるし、これは一心も同様だが、舞台上で中国語は使用されず、すべての台詞が日本語で進むなかで尚、いま玉花が微かな記憶をたどり日本語の断片を話している。また一心から日本語を習っていると、混乱なくわかることに「演劇」というジャンルの持つ想像力の不思議を感じた。

偶然の出会いから一心の命を救い、のちに妻となる看護師・江月梅の上白石萌歌は、月梅という役名が象徴するかのように、この舞台を冴え冴えと明るく照らす清涼剤となって、一心だけでなく観客にも救いと安らぎを届けてくれる貴重な存在。月梅自身も父親が冤罪で迫害され自死したというぬぐい難い過去があり、一心の苦しみにより添い、ひと言の言葉が命取りになりかねない文化大革命の嵐のなかでも、一心を助けるべくできる限りの手を尽くし、妻となってからも、妹を探し続ける一心に協力を惜しまない。愛情深く芯の強い女性を、決して絵空事に感じさせずに、常に爽やかを保って演じてくれた。

主人公を引き取り、一心と名付け我が子同然に育てる中国人教師・陸徳志の山西惇は、高潔な魂も、卑劣なそれも、決して民族固有のものではなく、純粋に人間ひとり一人の資質によることを深く知らしめてくれる愛情深く崇高な人物を、実直に、誠実に演じきっている。時代時代で訪れる苦難の度に、身を挺し、時には命を賭して一心を救う為に奔走する姿に少しの虚飾も感じられないのが尊く、それが一心の決断に説得力を与える得難い存在になった。

一心と玉花の実の父親で、満州開拓団の隊長として家族を伴い中国に暮らしていたが、徴兵され日本に戻る途中で終戦を迎え、開拓団の全滅を聞き家族全員を失ったのだとの自責の念を抱え続ける松本耕次の益岡徹は、決して口数が多いわけではない役柄の短い台詞や、一見穏やかな笑顔にも見える表情のなかに去来する、癒えぬ悲しみや憤りを随所に滲ませる演技が圧巻。前述したように時系列が行き来する作劇のなかで、終幕に至る展開にはやや難しさもあるだろうところを、長年見ないようにしてきた我が子への想いが理性を越えて噴出する、人間を感じさせた在り様に敬意を表したい。

一心の数少ない味方であり、友である袁力本(ユワンリーぺン)の飯田洋輔は、何より雄弁な歌唱力を封印した台詞劇で、実直で信用に足る人物を真摯に演じている。徳志の姪の秀蘭(シュフラン)に寄せる不器用な恋心も丁寧に表現して、ポイント、ポイントの場面を印象的にした。
日本から帰国した愛国華僑でありながら、文化大革命で捕らえられ、一心に出会い日本語を教える黄書海(ホワンショウハイ)の浅野雅博は、一心に生まれ故郷を思い出させる重要な役柄を、陰影濃く演じている。自らが冤罪を認めるに至る壮絶な告白を淡々と語るからこその深い苦悩があり、一心にとって、またドラマにとって大きなきっかけを生む人物を舞台に刻んだ。

また、この舞台の力の大きな源のひとつが非常に優れた芝居力を持つ俳優陣が集結していることで、徳志の妻で一心の養母・淑琴(スウチン)の増子倭文江の、一心の為に自らを犠牲にしようとする夫の身を案じ、行動に反対することもありつつ、最後には必ず一心と夫の為に共に力を尽くす淑琴を、どこかにカラリとしたものを持ちながら表現する奥深さ。徳志の姪・秀蘭(シュフラン)の 山﨑薫の、物語展開に活気とホッとする温かさを与える明るさ。
玉花の養母でのちに姑となる山下裕子の、一見して厳しい佇まいのなかから、何が出てくるかわからぬ人間臭い恐ろしさ。松本耕次の後添いで、満州開拓団の隊長に耕次を指名した側の苦しみを伝えられ、耕次が恨む相手さえなくしてしまうことを憂う伸子の、みやなおこの、象徴的に登場する生け花な重なる優しさと美しさ。

自責の念から逃れるように仕事にのめり込む耕次の上司で、耕次を再び中国に行かせることをはじめ、日本側のドラマを進める石田圭祐の卓越した実存感。耕次に子供たちが生きている可能性があると伝える元信濃郷満州開拓団幹部・狭間信一の櫻井章喜の、時代感を醸し出す公衆電話シーンの、興奮が伝わる熱量。
玉花の夫・張百安(ツァンパイアン)の木津誠之の、自己肯定感の低さと、だからこその玉花への捻じれた独占欲を表現した湿度の高さ。一心に日中共同プロジェクトへの参画を命じる王(ワン)指令の武岡淳一の、一心の不安、つまり観客の不安も掻き立てる本音の読めない微笑みの柔和さ、等など、作品の緊張感と展開を進める俳優たちが舞台を生きる様に見応えがあふれる。

更に、薄平広樹、岡本敏明、加藤大祐、越塚学、西原やすあき、咲花莉帆、清水優譲、武市佳久、田嶋佳子、常住富大、角田萌果、内藤裕志、松尾樹、松村朋子、丸川敬之、松坂岳樹、本宮在真、藤田緋万里、森葵と、明治座の大舞台に相応しい大人数の俳優たちが、様々な役柄を演じながら、必ずどこかで目を引く持ち場があることも、カンパニーの団結につながっていると想像できる仕上がりで、一心(勝男)と玉花(あつ子)の子供時代を演じる松坂岳樹、本宮在真、藤田緋万里、森葵の子役陣、夜の部のみ出演の石井輝も含めキャスト、スタッフが総力をあげて届ける、戦後80年を超えたいまだからこそ、記憶に残し、未来に伝えるべき使命と祈りと願いを感じる舞台だった。

《囲みインタビュー》

上白石萌歌 井上芳雄 奈緒

公演の初日を数時間後に控えた2月26日午後、囲み取材が行われ、井上芳雄、奈緒、上白石萌歌が登壇。公演への抱負を語った。


そのなかで井上は「演出の栗山さんが『足腰が強い作品にしたい』とおっしゃっていて、何度も通し稽古をくり返しました」と語り、一心役については「とてもエネルギーが必要で、この物語を届ける使命がありますから生半可な気持ちではできないし、できるできない、うまくいくいかない、ではないんです。ただすごいことをやるぞではなく、同じ人間の物語なので日常と地続きのものとして、山崎先生が約10年をかけて書き上げた渾身の作品を、しっかりとお客様に届けたい」と静かな語り口のなかに、並々ならぬ決意をにじませた。

奈緒は、前日の25日に行われたゲネプロを振り返り「350名もの方が観劇してくださって、私たちが発する言葉を誰かが真正面から受け取ってくださるというのは、奇跡のような出来事なんだと改めて感じました。ゲネプロを経て、新しい『大地の子』が生まれる感覚がありました」と語ると、井上もゲネプロで感じた反応について「僕らも手応えがあって、お客様にも届くんじゃないかなと期待しています。足腰は強くなっている状態ですね」と栗山の言葉を受けた上で「稽古場も疲れたけれど、ゲネプロも疲れました。汗、涙、鼻水全部出て、ぐしょぐしょの状態でね」と昨日に想いを馳せ、終わった時には「ちょっと呆然とした」との、作品世界に入り込んでいた様を語ってくれた。

また、上白石は「稽古中、栗山さんから『この作品は悲劇ではあるけれど、悲劇として立ち上げないでほしい』『登場人物みんな傷を負っている。それでも彼らが生き抜く様が見たいので、最後までひたむきに生き抜いてください』という素晴らしい言葉をいただきました。その言葉を胸にお稽古をして、血が通った作品にできたのではないかと思います」と語り、稽古中に栗山が発した大切な言葉が他にも様々にあり、役柄としては「私が井上さん、奈緒さんにとって、灯のような存在になれればと思っています」との抱負も述べた。

奈緒と上白石は今回が初共演だが「魂が響き合った」と感じるほど意気投合したそうで、稽古が休みの日にも一緒に過ごし「ほぼ毎日一緒にいる」というエピソードも。井上は二人が稽古場で仲が良いことを微笑ましく見ていたものの、休日まで一緒にいることは知らなかったようで、「僕はそこには入れずで」と笑わせながら「お二人は演劇や文学との向き合い方が似ていて、共鳴し合っていたと思います。彼女たちのような若く、知的な俳優さんがいること自体が希望」だと述べ、久々の共演となる上白石には「頼もしい女優さんになって」、初共演で同じ福岡県出身の奈緒には「嬉しかね」と故郷の言葉で声をかけていた。

最後に井上が「奈緒さん演じる張玉花のセリフに『物語には描かれなかった、声にならない声がたくさんあったはず』という言葉が登場するのですが、それを僕たちが作品を通して伝えて、希望を示せたら良いなと思います」と語ると、奈緒が「三人のお気に入りを詰めた“九州ご馳走弁当”もあります」。上白石が「若い世代のお客様にもぜひ観ていただきたいです!」とアピール。初日への期待感を高めていた。

【公演情報】

『大地の子』
原作◇山崎豊子 「大地の子」(文春文庫)
脚本◇マキノノゾミ
演出◇栗山民也
出演◇井上芳雄
奈緒
上白石萌歌
山西惇
益岡徹
飯田洋輔 浅野雅博
増子倭文江 / 山﨑薫 / 山下裕子 / みやなおこ / 石田圭祐 / 櫻井章喜 / 木津誠之 / 武岡淳一 / 薄平広樹 / 岡本敏明 / 加藤大祐 / 越塚学 / 西原やすあき / 咲花莉帆 / 清水優譲 / 武市佳久 / 田嶋佳子 / 常住富大 / 角田萌果 / 内藤裕志 / 松尾樹 / 松村朋子 / 丸川敬之 / 松坂岳樹 / 本宮在真 / 藤田緋万里 / 森葵
●2/26〜3/17◎明治座
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 0570-00-7777
〈公式サイト〉https://daichinoko-stage.jp/index.html

【取材・文・撮影(囲み)/橘涼香 舞台写真/©2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.】