
漫画やアニメで大人気の「ルパン三世」。2023年、その作品を初めて歌舞伎舞台化し、巧みなキャラクター造形や、大立廻りなど歌舞伎の手法を盛り込んで評判となった『流白浪燦星(ルパン三世)』。アニメが放映開始55周年の今年、その第二弾となる『流白浪燦星 碧翠の麗城』が東京・新橋演舞場にて、3月5日〜27日まで上演中だ。
この公演は新橋演舞場を皮切りに、4月・御園座(名古屋)、9月・南座(京都)、来年2月の博多座(福岡)まで全国4大都市でロングラン上演される。
今回は流白浪とヒロインの物語ということで、中村米吉が演じる瀬織姫(せおりひめ)も注目されている。そんな中村米吉が登壇した上演記念トークライブが2月末に開催され、その熱気も冷めやらぬなかで、この舞台への抱負を語ってもらった。
「ルパン」という自由なキャラクターを生かす作品
──イベントのご登壇、お疲れ様でした。観覧されたお客様がすごくキラキラした目をされて楽しそうでした。米吉さんはこの『流白浪燦星』は、初演をご覧になったそうですが、 どんな印象でしたか?
一言で言うのは難しいのですが、「歌舞伎っぽいルパン」でした。原作のある新作歌舞伎を作る際、原作をどう活かし、歌舞伎の要素をどう入れ込むのか、ということが課題になってきます。例えば、『あらしのよるに』は原作から飛躍し、動物たちの世界を歌舞伎の世界に落とし込みました。『風の谷のナウシカ』や『ファイナルファンタジーX(以下FFX)』などは、原作の世界観を徹底的に遵守し、そこに歌舞伎のエッセンスを入れ込むという作品作りだったと思います。そのなかで第1作目の『流白浪燦星』は、ストーリーや展開は、どちらかというと原作の「ルパン三世」に近く、歌舞伎の演技法や合方(伴奏)、立廻りの演出などを用いて、歌舞伎としてしっかり成立させようとしていたのではないかと思います。とくに原作が持っている荒唐無稽さ──例えば人造人間が出てくるとか、宇宙に行くとか、そういうところまで歌舞伎で表現したのは、かなりの挑戦だったと。そして、そのなかでメインキャラクターたちをおやりになる方たちが、それぞれのキャラクターらしさをどう演じるか、どう表現するか、たいへん苦心されただろうなと感じました。
──そのへんは観客としてもそれぞれ見事だなと思いました。
もう一つ大事なのは、やはり音楽ですね。原作に出てくる音楽を邦楽器でアレンジして使うことはものすごい武器になります。あの「ルパン三世」の音楽を流しての立廻りには劇場が「おおっ!」と盛り上がりますから。私自身、『ナウシカ』や『FFX』で体感していますが、名曲の力は偉大です。それを踏まえて、第二弾となる今回は、「歌舞伎の物語のなかにルパンが出てくる作品になってほしいな」と思っています。製作発表のときも申し上げましたが、主人公がルパンじゃなくても成立する作品を目指したうえで、そこにルパンというキャラクターだけお借りすれば、今までにない作り方ができるんじゃないかと思ったんです。言うなれば、「ルパンっぽい歌舞伎」ですね。これは栗田(貫一)さんもおっしゃっていましたが、「ルパン三世」には、「これがルパンだ」という王道のストーリーがないんです。原作の漫画とアニメでも違いますし、映画やテレビシリーズによっても違っている。それぐらいルパンは自由度が高いそうなんです。ということは、物語を歌舞伎の世界にかなり引っ張ってもルパンというキャラクターが負けることはないし、そのほうが歌舞伎でやる意味が大きくなるのではないかと私は思っています。

瀬織姫は成長していくお姫様
──今作はそういう意味ではヒロイン物ということで、歌舞伎としての純度は上がっている気がします。その米吉さんが演じる瀬織姫について、製作発表では「三姫」のような古典の王道のお姫様や「桜姫」というキーワードが出たり、ご自身でも「女方として培ったものを活かしたい」とおっしゃっていました。その後、稽古も始まって現時点で役作りはいかがですか?
今、難しいところに来ているなというのが実感です。脚本・演出の戸部和久さんが「新しいお姫様像を目指す」と言ったからには、そこを目掛けて行かなくてはならない。「では新しいお姫様とはなんぞや?」、いやその前に「歌舞伎のお姫様とはなんぞや?」ということを定義しなければいけない。この命題が非常に大きくて難しいんです。「お姫様」とはなにか……様々な要素があって、姫を演じるために必要なこと、大事なこともたくさんある。でも端的にいうと、「お姫様はお姫様」。それ以外の説明のしようがない。例えば三姫である「雪姫(『金閣寺』)」と「八重垣姫(『十種香』)」と「時姫(『鎌倉三代記』)」は、それぞれ身分も立場も年齢も家庭環境も違うし、目的も違います。ただ三姫をはじめとして、お姫様に一貫しているのは、恋しい人が原動力ということ。その恋に対する情熱のなかに「お姫様」ならではの品格を持って、深窓の令嬢として育てられてきたなよやかさもなければいけないんですね。それを「お姫様」の定義とすれば、「桜姫(『桜姫東文章』)」のように、自分でも男を誘うし、遊女にまでを身を落とす、でも最終的には、仇と知れた恋人を殺す、という「お姫さま」はかなり定義から外れているし、センセーショナルだったんだと思います。では、今回新しく「お姫様」を作ろうとなったらどうするか? かなり難易度の高い目標を掲げたのではないでしょうか。ヒロイン物ですから、いわゆるどんでん返しのある作品にはしにくい。ヒロインが流白浪の助けを借りて、最終的にはお宝に辿り着き、別れていく……。その筋立てのなかでどういう趣向を散りばめるかですよね。制約があるとすれば、瀬織姫と流白浪はお互いに惹かれ合うところはあっても、そこに明確な恋愛感情が生まれないという点でしょうか。
──流白浪と恋をするために瀬織姫が登場するのではないのですか?
淡い恋心はありますが、それは主軸ではなく、戸部さんによると「彼女が成長していくところを見せたい」と。ですから彼女のなにがどう成長していくのかをはっきりわかるようにしていかないと。
──米吉さんのなかでは、彼女の成長とはなんだと思いますか?
流白浪と出会ったことで、瀬織姫の人生のなかに新たな選択肢が突然現れるわけです。事情があって寺で育ったけれど、「寺から出る」という選択肢が現れて、そこでまず視界が開けた。そして、それまではお姫様ゆえの非力さ、弱さで、言われるがままの人生を歩んでいたところに、まるで天啓のように流白浪と出会って、「この人だったらなにかを変えてくれるかもしれない」と思った。それをきっかけに、次は自分の故郷へ戻り、身分をやつして民と出会うなかで、この国の人たちを救いたいと思うようになっていく。さらにその先に悪との対決があり、自身の定めへの気づきへと繋がっていくわけです。
──まさに成長していくわけですね。
瀬織姫の成長は、小さな芽吹きがいっぱいあるものだと思うんです。もちろん失敗もあり、流白浪に助けられます。ただ最終的に目指すべきところは、流白浪の助けをかりずに自分の足で立てる状況へ持っていくことです。瀬織姫の小さな芽吹きが、為政者の娘としての責任を目覚めさせ、それが自分の定めであるという思いにつながる。誰に言われたのでもない、彼女自身がそれを見つけた――もう『女の一生』ですよね。「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩き出した道ですもの」。杉村春子さんの代表作、布引けいですね(笑)。
──瀬織姫は杉村春子さん!
ゴールは一緒だったかもしれませんが、やはり「自分」の足で歩いて、「自分」の目で見て、体験をして、そこへ至るということが、瀬織姫にとって必要だったんだ、という方向へ持っていきたいです。歌舞伎で、一人の人間が徐々に成長していく、実地で学んでいく段階を見せる役柄は少ないし、とくにお姫様ではあまり浮かんできません。基本的に歌舞伎では過程を飛び越して見せるものが多いので。でもこの作品の瀬織姫は段階を踏んで、ルパンに手助けしてもらいながら、自分の足で徐々にゴールへ進んでいく。そしてその手助けが終わった瞬間にこそ流白浪の役目も終わるんです。そんな二人が積み重ねてきたものや、その先にある別れについてお客様が、「彼女はもう大丈夫。でもだからこそ、切ないよね」と思ってくださればいいなと思っています。

流白浪と愛之助の共通点は懐の大きさ
──米吉さんは稽古に参加されてまだ2日目ということですが、短い期間のなかで受けた共演の皆様の印象や、座組全体の雰囲気などはいかがですか?
最初に感じたことは、とにかく(片岡)愛之助兄さんの柔軟性ですね。これまでこうした新作歌舞伎でご一緒させていただいた経験がないので、兄さんがどんな風に芝居作りをなさるのかあまり知りませんでした。なので、後輩が生意気なことではありますが、臆せずに「こういうことはできないですか?」と、思いつくまま口に出してみたんです。それを愛之助兄さんは「そっちの方が面白いんちゃうか」と受け止めてくださって、ご自身で考えていらっしゃったことが多少変化したとしても、とても柔軟に対応してくださる。懐の大きさを感じます。その感じが流白浪にとても近いなと。物語のなかでも流白浪は、敵との戦いがありながら、好敵手の銭形が別にいて、そのうえ不二子が裏切る可能性もある。様々な困難な状況を内包しながらも飄々と乗り越えどんどん進んでいくのは、流白浪というキャラクターの大人の魅力でもありますよね。稽古場での愛之助兄さんの姿勢はそんな雰囲気を感じました。
──愛之助さんにぴったりですね。
それから、銭形の中車さんの本の読み解き方、組み立て方は勉強になります。歌舞伎の古典作品には理屈が通らなくても力技で乗り切ってしまうことがある。でも新作ではそういう部分があると途端に不自然になってしまう。そこをズバリ見抜いて指摘されるし、会話の流れの良さ、伝わりやすさを丁寧に組み立てられる。ですから中車さんの読解力には本当に助けていただいています。さらに、(市川)笑也さん、(市川)笑三郎さん、(市川)猿弥さんをはじめとする澤瀉屋の方々の適応力は流石の一言、急な変更もさらりとこなしてそれ以上にしてしまう。そして、(中村)錦之助の叔父は稽古場でとても熱い! 様々なこだわりや、お考えになってきた工夫の数々。作品を良くするためならご自分の役に影響があっても抵抗がない。自分の役の良し悪しよりも、作品の良さを追求なさる。やはり若い頃に、(二世市川)猿翁のおじさまのもとで新作を作ってらっしゃったご経験と、その後の様々なご経験があるからこそなんでしょうね。そんな叔父の存在が稽古場にあることは、本当にありがたいし、頼もしいです。
流白浪の「カッコよさ」を歌舞伎で見せる!
──頼もしい皆様ばかりで心強いですね。最後になりますが、見どころとお客様へのメッセージをお願いいたします。
今回、自分としては「『ナウシカ』以来の宙乗りがあります。流白浪と一緒ではありますが、お姫様が空を飛んでいるというのはなかなか珍しい光景だと思います。「宙乗り」は「宙吊り」になってはいけません。素敵に空をかけたいと思っています。また私たちで客席を練り歩きますので、お客様に至近距離で見ていただいてもいいように美容に気をつけたいですね(笑)。それに愛之助兄さんの早替りもあります。でも宙乗りも早替りも「趣向」で、「見どころ」とはちょっと違うのではないかと思うんです。「趣向」はあくまでお芝居のエンターテインメント性を豊かにするもの。芝居は、やはり人間を描かなければいけません。ですから「見どころ」は、お姫様との関係性のなかで見える、ちょっとニヒルで大人の流白浪の「カッコよさ」。今回そういう流白浪を歌舞伎で見せることができたら素敵だなと思っています。そのためには、僕の演じる瀬織姫が一本筋を通して歩んでいく、そしてその姿をお客様に魅力的に感じていただく必要があると思っています。
──ヒロイン物という意味でも瀬織姫はキーパーソンですから。
今こうして自分でいろいろな考えを言葉にさせていただいたことで、役への解像度が上がりましたし、このお芝居をどういう方向へ持っていくべきかも、さらに見えてきたと思います。方向性についてはずっと考えていて、瀬織姫の衣裳は赤から始まって、鴇(とき)色(淡い桃色)に変わり、最後には白になる。つまり純度が徐々に増していくようになっています。そこに衣裳さんが僕の家紋だからと蝶々を入れてくれました。役者に因んだ柄を使うのは歌舞伎の一つの魅力。でも、それだけにしたくないなと思いながら衣裳さんと打ち合わすうちに、「蝶々は羽化の象徴」というお話にもなりました。蝶々は幼虫からさなぎを経て羽化し本来の蝶の姿になり、羽ばたいていきますよね。瀬織姫そのものです。そういう思いで作られた衣裳を着て、初日が開いてからもそこに立ち返って、どう深堀りするかをもっともっと見つけたいし、お客様にもそれを見つけていただきたいなと思います。
──改めてこの『流白浪燦星 碧翠の麗城』を楽しみにしていらっしゃるお客様へのメッセージをいただけますか。
とにかく持てる知恵と技術と知識とを駆使して、自分が今なぜ、『流白浪燦星 碧翠の麗城』の瀬織姫をやるのかということに、真摯に向き合いたいと思っています。歌舞伎役者としてまだまだ勉強が必要な時期ですから、4ヵ月に及ぶこの公演に出させていただくと決めた以上は、今この役に挑戦する意味と意義、そしてこのことによって何を得られるのかをしっかり見つめたい。そしてそんな自分自身と瀬織姫という役がリンクして、立体的に浮き上がってくることで、ご覧になったお客様に少しでも感動を持って帰っていただくことができればと思っています。

【プロフィール】
なかむらよねきち○東京都出身。五代目中村歌六の長男。2000年7月歌舞伎座『宇和島騒動』の武右衛門倅(せがれ)武之助で五代目中村米吉を名のり初舞台。23年9月歌舞伎座にて『祇園祭礼信仰記』の雪姫、2024年1月に浅草公会堂にて『本朝廿四孝』の八重垣姫、同年11月に明治座にて『鎌倉三代記』の時姫を演じ、女方の大役である三姫を短期間で勤めた。古典歌舞伎はもちろん『風の谷のナウシカ』『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』など新作歌舞伎まで幅広く活躍中。

【公演情報】
『流白浪燦星 碧翠の麗城』(ルパン三世 へきすいのれいじょう)
出演:片岡愛之助 中村米吉 市川笑也 市川笑三郎 市川寿猿(新橋演舞場) 市川猿弥 市川中車 中村錦之助(新橋演舞場・御園座) 坂東彌十郎(南座・博多座)
●3/5〜27◎東京 新橋演舞場
●4/3~26◎名古屋 御園座
●9/2~26◎京都 南座
●2027/2/6〜26◎福岡 博多座
〈東京・新橋演舞場公演 問い合わせ〉チケットホン松竹 0570-000-489(ナビダイヤル 10:00-17:00) またはチケットWeb松竹
〈公演サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/953
【取材・文◇内河 文 撮影◇松山 仁】



