『死ねばいいのに』 シライケイタ・新木宏典 インタビュー
ベストセラー作家として知られる京極夏彦の作品の中で、異色とも言える『死ねばいいのに』は、究極のミステリーとの呼び声高く、他に類を見ない人間の内面を炙り出している作品だ。その小説が舞台『死ねばいいのに』として、1月20日から28日まで紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演される。
脚本・演出は「劇団温泉ドラゴン」の代表で、数多くの舞台を作り出すとともに、2023年7月から座・高円寺で芸術監督を務めるシライケイタ。
そして主人公・渡来健也を演じるのは、2.5作品からストレートプレイまで幅広く活躍中の新木宏典。
主人公と対峙する6人には、津村知与支、宮﨑香蓮、伊藤公一、阿岐之将一、魏涼子、福本伸一といった錚々たる実力派たちが集結した。
この注目の公演について、シライケイタと新木宏典に語り合ってもらった。
人間の深淵をのぞき込むような作品
──まずこの企画について、お二人が惹かれた部分から話していただけますか。
シライ 実はプロデューサーから「この小説を舞台化しませんか」と言われたときは驚いたんです。これ舞台にできるのかな?と。主人公が6人の人間と次々と対峙していく対話劇で、ストーリーが大きくあるわけでもないし、奇想天外なわけでもない、そういう意味では地味な作品ですから。ただ、逆に言うとこれをエンターテインメントの世界で作品にしていいんだということに驚いたし、やれるならやりたいと思いました。内容は、人間の心理に迫っていって内面をのぞくような、人間の深淵をのぞき込むような作品ですが、僕はもともとそういうものばかり作ってきたので。それをエンタメの大きな舞台で活躍してきた新木くんと一緒にやれるということにも惹かれました。そういう新木くんの魅力を、どこまでこのストイックな作品で表現できるかということにも興味があったので。
新木 僕もこのお話をいただいて嬉しかったのですが、最初は、渡来健也という役が実年齢と一回り以上離れているということで、自分でいいのかなと思ったんです。ただ原作を読んでみたら、実年齢の役者を使ったらかなり難しいのではないかと感じました。渡来健也という人物を理解するというか、受け入れられる許容範囲があまりなくて自分の感性のままでやってしまったら、このキャラクターを表現するところにはいかないのではないかと。
──本作は究極のミステリーでありながら、人間の心理をえぐり出す作品と言われています。
シライ そうですね。1対1で相手の内面に迫っていく、そして最終的に本人の望む望まざるに関わらず自分のすべてをさらけ出してしまう。そういう構成なので、オーソドックスに役者の演技だけで成立する作品です。でもそれは裏を返すと音楽や派手な照明やアクションなど付随する要素では一切見せられない。それをただストイックに小劇場的にやるのではなく、新木くんと一緒にエンタメとして作れるというのはワクワクしますね。
──演じる側として新木さんが今感じていることは?
新木 まだ事前稽古で少しずつ読み始めている段階なのですが、あの分厚い小説を2時間の舞台にしたとき、役者のスキルにかかってくるなと。物語の進んでいく時間の中で、自分が相手の言葉を受信して心に響かせるという、それをどれだけタイトにリアリティをもってできるか、それが1つの課題だなというのは感じています。
クルーの個性を生かしながら、より上へ導く演出家
──初めて一緒に作品を作るということで、お互いについては?
シライ 新木くんは、僕が今まで仕事してきた俳優さんの誰ともタイプが違うので、とても楽しみです。僕は小劇場でやってきたので育ってきた畑も違うし、僕自身がもともとエンタメ気質じゃないので、ついマニアックに作りがちなんですが、そういう意味では新木くんはエンタメの世界で生きてきた俳優さんだから、頼りにしてますし、楽しみです。こうして話していても非常にストイックで、表現に対して真摯だということはすぐわかったので心強いです。
新木 シライさんは、たぶん役者が自由でいられる現場を作ってくださるタイプの方なのかなと感じています。その俳優が持っている個性や感性というものを、うまく作品に取り入れつつ、もちろんご自分のやりたいことも大事にしながら、演出家という舵とりの立場で、目的地に辿り着くまではクルーの個性を生かして、より上のところに導いてくださる方だなと思っています。
──この物語は殺された鹿島亜佐美という女性について、渡来健也が尋ね歩くというストーリーですが、共演の6人の方々についても話していただけますか?
シライ 今回の6人の方は僕も意外と初めての方が多いのですが、皆さん力のある俳優さんばかりなので期待しています。亜佐美のマンションの隣人になる宮﨑香蓮さんは可愛らしい方ですが、意外な役でお客さんはびっくりするんじゃないかな(笑)。亜佐美の上司役の津村(知与支)くんとかヤクザの伊藤公一くん、刑事役の阿岐之将一くんはそれぞれぴったりだと思います。亜佐美の母親を演じる魏涼子さん、渡来の弁護人役の福本伸一さんはまさに実力派のベテランですし、演出家としてはこの方々と一緒に作れるのが嬉しいです。
新木 皆さん、この作品だからこそ出会えた方々ですので、一緒に楽しく芝居を作っていけたらいいなと思っています。相手の言葉で聞けることで、自分の役への必要な肉付けもわかってくるので、稽古を通して深めていきたいと思っています。
演劇との親和性がとても高い作品
──主人公となる渡来健也についてはどんなふうに感じていますか?
シライ 小説を読んだときは渡来健也という人は、信じたものからまったくブレない人で、世界の中心にいるような。こんな人間いないぞとも思ったのですが、演出プランとしては、渡来健也が世界の中心にいて、周りの人は右往左往しているかたちかなと。でも今はそれはちょっと違うなと。原作の中で1時間とか2時間とか1対1で喋っているシーンも舞台では20分ぐらいで、その時間で相手はそれぞれ渡来に自分の内面を引っ張り出されて、最終的に「死ねばいいのに」というセリフにたどり着かなくてはならない。たった20分で人間が180度変わってしまうような体験をどうしたら出来るのかと考えたら、渡来健也が不動だと無理なんです。渡来健也も能動的に動いて、自分の生き方も探しているし、亜佐美という人間の生き方を探すことで自分を探している。死ぬってどういうことだ? 生きるってどういうことだ? もしかしたら自分の死に場所も探しているのかもしれない。実は渡来健也という人間が一番揺れているし、動いてるんじゃないかと思っています。
新木 渡来って、社会のしがらみとかそういうものを理解できない人間で、彼自身、自分は頭が悪いと言っているんですよね。そういう社会不適合者であることがプラスに働いて、結果、人間の生き方としてシンプルな発言をする。だからこそ、いろいろなことに麻痺して生きてきた人間たちには刺さりやすい言葉だったりするのかなと。無欲に近いし、欲望を感じない、金持ちになりたいとかいうのもないし、でもそこまで純粋に生きているわけでもない。なぜ生きているのかということもわからなくなるくらいの欲の薄さで、ちょっと悟りを開き切っていない現代版仏陀みたいな(笑)感じなのかなと思っています。これからの稽古で、相手の方とのセリフの掛け合いのなかで、感じられる匂いとか空気感とかで動いてくるものをしっかり拾っていって、人が生きていく上でのごく一部を切り抜いた、でも生々しい演劇、みたいなところに行けたらなと、個人的には思っています。
──渡来とは別の意味で中心にいる亜佐美については、どう捉えていますか?
シライ 原作では最後のほうに亜佐美が喋るシーンが出てくるんですよね。それを舞台でも出すかどうしようかと考えたんですが、やはりやめようと思っています。小説だからミステリアスな存在のままだけど、舞台ではたとえ後ろ姿にせよ見せてしまったら、ものすごく印象が限定されると思うので。
新木 そうですね。渡来にとってどういう人物だったのかという、そのイメージが僕の中にちゃんとあればいいので。それがブレないように作っていくことが大事かなと思います。
シライ もちろん渡来がなぜ亜佐美という存在に執着するかがこの作品の核になっているし、この芝居は渡来のそもそもの動機である亜佐美を探す物語だし、彼が「いのちってなんだろう」とものすごく大きな観念的なものを探して歩く旅でもあるわけです。そして出会った人を通して自分を知っていく旅でもあって。そういう意味では、演劇という表現は人間と人間を出会わせるものであり、そこから自分を知るためのものなので、そう考えると、この『死ねばいいのに』という作品は、演劇との親和性がとても高い作品だと改めて感じています。
■PROFILE■
しらいけいた○東京都出身。桐朋芸術短期大学在学中に、蜷川幸雄演出『ロミオとジュリエット』で白井圭太としてデビュー。テレビドラマ、CM多数。2011年よりシライケイタとして劇作・演出を開始。現在、劇団温泉ドラゴン座付き作家・演出家、日本演出者協会理事長、日韓演劇交流センター会長、座・高円寺芸術監督。舞台『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』『袴垂れはどこだ』の演出で第25回読売演劇大賞「杉村春子賞」を受賞。最近の外部作品は、シーエイティープロデュース『BIRTH』(作)、名取事務所『獣の時間』(演出)、A4プロデュース『オーファンズ』(演出)、流山児☆事務所『客たち』(演出)、トムプロジェクト『モンテンルパ』(作・演出)、パルコプロデュース『ホームレッスン』(演出)、青年劇場『星をかすめる風』(演出)、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。』(演出)、座・高円寺『ジョルジュ』(出演)。
あらきひろふみ○兵庫県出身。2004年デビュー。ミュージカル『刀剣乱舞』をはじめ、数多くの舞台や映像に出演。最近の出演作は、【映画】『文豪ストレイドッグス BEAST』ムビ×ステ『漆黒天 -終の語り-』。【舞台】明治座創業150周年前月祭『大逆転!大江戸桜誉賑』、朗読劇『したいとか、したくないとかの話じゃない』(俳優座劇場)、『オイディプス王』(パルテノン多摩 ほか)、明治座創業150周年記念『赤ひげ』、朗読劇『エダニク』など。3月には、主演舞台『モノノ怪~座敷童子~』も控える。
【公演情報】
舞台『死ねばいいのに』
原作:京極夏彦『死ねばいいのに』(講談社文庫)
脚本・演出:シライケイタ
出演:新木宏典
津村知与支 宮﨑香蓮 伊藤公一 阿岐之将一 魏涼子 福本伸一
●2024/1/20~28◎紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
〈料金〉9,500円 U-25:5,000円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈公式サイト〉http://stage-shinebaiinoni.jp/
〈公式X〉stshinebaiinoni (https://twitter.com/stshinebaiinoni)
【取材・文/榊原和子 撮影/中田智章 ヘアメイク/太田夢子(株式会社earch) スタイリスト(新木)/当間美友季(KIND) 衣裳提供(新木)/セットアップ(Ayne tokyo @ayne_tokyo)、レースアップシューズ(Ayne doppio @ayne_doppio) 】