
坂口 今回はカレル・チャペックの『白い病』です。
植本 阿部賢一さんが、コロナが始まった2020年に少しずつ翻訳をして、webで無料で発表してたんですって。
坂口 あ、そうなんだ。 僕が読んだのは岩波文庫で2020年9月15日の発行になってますね。
植本 書かれてからすぐ本になったんですね。
坂口 早いですね! で、カレル・チャペックはチェコの小説家、劇作家、ジャーナリストで、ナチスに対抗して全体主義と闘ったチェコの国民的な作家ですね。
植本 「ロボット」という言葉を生み出した人で、このコラムでもその作品『ロボット(R.U.R.)』を取り上げています。
【植本純米vsえんぶ編集長対談】カレル・チャペック『ロボット』
http://enbu.co.jp/nikkanenbu/uemoto-sakaguchi-201901/
植本 この作品は1937年に書かれた戯曲です。
坂口 1937年、日本では日中戦争が始まった年で、日独伊防共協定が成立していますね。反共産主義に名を借りたファシストたちの集まりですね。
植本 当時読んだ人はきっとナチスを意識して読んだんだと思うんだけど、今だとやっぱりロシアとウクライナの戦争ですね。
坂口 あ、そうか。 僕は今の日本そのものがここのままポコンって収まると思って読んでたけど。 コロナを意識して、もうまさにドンピシャっていうか。国威発揚のプロパガンダとか、他民族への迫害とか、軍需産業の拡大とか、今の日本でもいろいろたっくさんありますね。
植本 話の中では架空の国だけど、近接しているちっちゃい国に攻め入る。でも反攻に遭うっていうのが、これはウクライナでの形ですね。
坂口 確かにそうですね。 だけど、なんだろう、くどいけど自分はなんか日本の状況を思ってしまいました。 太平洋戦争から、原発事故やコロナ禍での混乱ぶりから現在に至るまでの経緯をみてもね。で、この戯曲と一番クロスするのは民衆が結局全部わやにしちゃうっていう話なんですけどね。
植本 ラストシーンの話ですね。とりあえずどんな話なのか少し話してみましょう。
【第一幕】
枢密顧問官
【登場人物】
枢密顧問官(ジーゲリウス教授) ガレーン博士 (大学病院の)第一助手、第二助手 教授1〜4 元帥 副官 大将 厚生大臣 別の側近 署長 看護婦 記者 別の記者 医師たち 看護婦たち 記者たち 随行員 患者1,2,3 父 母 娘 息子
植本 冒頭から「白い病」にかかった患者たちの会話があるでしょ。これが本当に歌舞伎でいうところの埃鎮(ほこりしずめ)っていう。その状況を解説してくれるんですよね。
坂口 プロローグの患者達の会話ですね。その後も一般市民の会話などでも、病気の様子とかがわかってきます。
植本 新しい病気「白い病」はどうやら中国から来たらしいとかね。五十代前後以降の人しかかからない。その病気にかかると、最初はなんかね、首とかいろんなところに白い斑点みたいのができる。 そのうちにそこから腐ってきて、すごい臭い匂いがしてきて大体の人は死んじゃう。
*
坂口 話の背景としては、戦争直前の大国の話ですね。そこに「白い病」という伝染病が世界中で流行りはじめ大混乱になっている。その混乱のなかで、町医者のガレーン医師が治療方法を発見します。
植本 まあ、次の場面ではすぐにはガレーンは出てこない、国立大学病院の責任者で枢密顧問官のジーゲリウスっていう教授が、記者にインタビューを受けているところですね。
坂口 記者のインタビューなので状況がわかりやすい。
植本 病気に対して打つ手がない。 コレラやハンセン病よりもはるかにひどいって言ってます。
坂口 で、その記者に対する態度も面白いじゃないですか。 もったいぶったり、ぶらなかったり、観客も見やすいですね。 思想性の強いものって、どうしてもそこにせっついていっちゃうけど、そうじゃなくて余裕みたいなものがあるから、話に入ってきやすいです。
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植本 そして記者が帰ると主人公のガレーン医師が自分が疫病を治せると言って登場します。この病院で臨床試験をしたいと。
坂口 ジーゲリウスが院長をしている大病院に治療方法を持ち込む。
植本 ジーゲリウスがうちはちょっと無理みたいなことを言ってるんだけど、縁故関係をチラつかせると、コロッと態度を変えたりしてね。
坂口 それでもでもなんか邪険には扱ってますよね。 ガレーン医師が、治療のため臨床試験をさせろっていうことに、ジーゲリウスは難色を示しています。
植本 そうですね。でもその治療方法を知ることで、自分たちの手柄にはしたい。
坂口 でもその取引はガレーン医師がとりあえずこの病院で臨床試験をしてからじゃないと始まらないと。
植本 ガレーンは強固な思想の持ち主なんですね。
坂口 そうなんです。
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植本 ガレーン医師の条件として、貧民しか治療しない。 金持ってる奴はその金の力で自分でどうにでもなるから、俺はやらないみたいなことですよね。
坂口 要するに金がある奴はいい治療が受けられる。ない奴はほとんど受けられないって、そういう意味では僕らの暮らしてる世の中も本当そうですよ。
植本 金のある人は保険の効かない最先端の治療も受けることができる。
坂口 命は金ですね。
植本 それはもう病気に限らずですよね、老人ホームにしたってそうだしね。
坂口 うん。 全然ひどい話だよって、そこに身におきながら読んでいるわけですけれども、彼はそのシステムに対して果敢に挑戦していくわけですよね。ガレーン医師は “世界平和の実現” っていう、すごいド直球を投げ込む。
植本 その疫病に対して我々医師が命を救うのに対して、戦争が鉛玉一つで多くの人の命をあっという間に奪っていく、それが許せない。医師として治療方法を教えることへの交換条件が“世界平和の実現”です。
坂口 戦争するなっていう。それは世界の支配者や富裕層に対して言ってるわけですよね。
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坂口 この戯曲って、そこここに一般家庭の目線というか、エピソードが入ってきて、理解しやすいですよね。
植本 新聞記事を読んで家族で話をしたりしてますけど、良いアクセントになってますよね。
坂口 なんと言ってもテーマが大きいのでこの最小部分での会話・出来事がとてもリアリティがあって効きますね。
植本 そうですね。だから内容もですけど、芝居作りとしてすごく上質な戯曲なんですよね。読みやすくて面白い会話。 もっと言えば、会話の一つ一つがきちっとこなれているっていう。 翻訳の方がもちろん上手なのかもしれませんけどね。
坂口 言ってることの大きさに比べて、日常的なトーンで進んでいくから読みやすいですよね。で、第2幕になります。
植本 ここではクリューク男爵という国の軍需産業を牛耳っている最高責任者の話が中心になりますね。
坂口 彼も「白い病」に罹ってしまうんですね。で、ガレーン医師が貧しい人しか治療しないとわかって、身をやつして受診に行くんですけどばれてしまって、断られる。
植本 で、男爵は買収というか、折衝する場面がありますよね。平和宣伝活動にも金がかかるだろうって言って金を渡そうとする。
坂口 もちろんガレーン医師は断るのですが、そこでのやりとりがおもしろいというか印象的でした。
植本 自分の意見をマスコミに通していくにはコネクションが必要だよねっていう話になって、金はともかくどのくらい時間がかかるかみたいなこと聞くと、男爵は一生って答えてますよね。
坂口 だから、自分の考え方を(この場合は軍事産業)をマスコミに認めさせて、宣伝していくには、本当にその人の全人生がかかっていくって言ってますね。
植本 軽く言ってるけど、あ、すごいな、そうなんだなっていうふうに思いました。
坂口 簡単には彼らの関係性は崩せないんだなと思いました。
植本 結局、この国の最高権力者の元帥まで登場して「彼とは大親友だから、なんとか男爵を助けてほしい」っていうやり取りをしてる中で、電話がかかってきて、五分前に男爵が自殺したっていう連絡が入ります。
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坂口 そうです。でも、これ読んでて、枢密顧問官とか軍需産業の最高責任者とか、国の最高権力者の元帥とか、それぞれのポジションの最高責任者みたい人の責任の取りかたっていうのが結構かっこいい。
植本 ・・・。
坂口 戦争して国が強くなって金儲けをするみたいな考えを持っていて、とても許せない奴らでも彼らは責任を取る。いまの日本だと口先だけで責任をとらない人がほとんどだと思います。
植本 まあこの登場人物達はポリシーはあるんですよね。 それがいいか悪いか別として。
坂口 そうそうそう。 やっぱ人としてのスケールっていうか、価値が違うって。 考え方は嫌だけど、ちゃんとした考えのもとで悪いことしてるからね。
【第三幕】
元帥
【登場人物】
枢密顧問官(ジーゲリウス教授) (大学病院の)第一助手、第二助手 教授1〜4 元帥 元帥の娘 若いクリューク 宣伝大臣 息子 群衆の一人 群衆
植本 3幕になると戦争状態になっちゃいます。
坂口 そうそう、隣国から反攻を受けて、楽勝かと思われた戦争なんですけど、結構苦戦してます。
植本 小さい国に攻め入って、すぐ戦争を終わらせようっていうことなんだけど、終わらない。 本当にね、今もありますね。
坂口 あれにもうピタリっていう。 なかなか終わらない感じでね。
植本 そんな中で元帥も「白い病」にかかっちゃうんですね。
坂口 でもバルコニーから民衆の前で演説してるのね。昔映像で見たヒトラーが高い所から演説して、群衆がワーってなっている、あのイメージですよね。
※当時のヒトラーパレード。
https://www.youtube.com/watch?v=hRSwWuVtHF4
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植本 で、元帥の体を心配して娘とクリューク男爵の息子が付き添っています。
坂口 お父さん、民衆の前で演説してるんですけど、ちょっと隠れた裏ではフラフラなんですよ。
植本 娘としてはもうガレーン医師の意見を受け入れて“平和”ということで手を打とうとしてんだけど、お父さんやっぱりそこをなかなか譲らなくてね。
坂口 今までずっと民衆を操って戦意を高揚してきたわけですから。
植本 元帥はとにかく戦争したいのでね。軍需産業で潤ってる国でもあるので。それが「白い病」にかかったことでいろいろ葛藤がある。
坂口 そしてガレーン医師は一切妥協をしない。
植本 そう、あんたがとにかく“世界平和の実現”に対してきちっとアプローチすれば治療をしてあげる。しなければいくらお金もらってもダメだっていう。
坂口 その条件は結構厳しいですよね。
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植本 でもさすがに死を前にして元帥がちょっと折れ始めるんですね。
坂口 娘達が説得してね。その落としどころが「神は,汝が平和を築くように望んでいる」この娘の発言で折れるんですけどね・・・。
植本 そう。 最後の最後でね、折れるから娘達がガレ−ン医師を呼びます。
坂口 で、ガレーン医師は元帥の元に車で向かうんですけど、街中が戦争万歳で大混乱、ガレ−ン医師の乗っている車が途中で動けなくなってしまって、車から降りて徒歩で向かうことになります。
植本 混乱の中で、みんなが戦争万歳で大騒ぎしているもんだから、たまりかねてガレーン医師が戦争反対って言っちゃう。
坂口 そうすると、なんだお前って言われて暴徒化した民衆たちにボコボコにされて死んでしまうっていう。
植本 結局ガレーン医師が死んで、元帥も助からない。それどころかさらに大勢の人が「白い病」と戦争で亡くなることになります。
坂口 悲惨な結末ですよね。これって作者的にもナチスの迫害などがあって切羽詰まった状況でもあるわけじゃないですか。それをこんな風な結末にするのは、逆張りのかすかな希望なんですかね・・・。
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植本 でもこの話人ごとではないですよね。
坂口 コロナだってたまたま終わったけど、いつまたね。 あんだけ痛い目に遭ってもう一回来たら次どうしようっていうのが全くわからない。 まあ、自分達でやるしかないんですけどね・・・。
植本 次何か起こったら、演劇界が最初に潰れますからね。
坂口 唐突なんですけど、この本を全国の子供たちに配って読んでもらいたい。世界中の学校の教科書にしたらいいと思うんですよね。世の中を良くするために考えざるを得ない理屈がおもしろく学べるのでね。
植本 (笑)。その上で表現として、ドラマとしてもおもしろいですよね。
話者プロフィール

植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。2023年の退座まで、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。09年、同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている。
【舞台出演予定】
渡辺源四郎商店『翔べ!原子力ロボむつ~めぐりあい時空編』
9/15~23◎下北沢ザ・スズナリ
《4人版》9/15〜19
《10人版》9/20〜23
植本さんは《4人版》に出演。意気込みはこちら!
坂口真人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。





